友と共に


「ふぇ〜〜〜……」

 Sクラスの教室で私は机に突っ伏して長く息を吐く。

「お疲れのようですわね、ヒメ」


 そう、疲れている。

 ものすごく疲れている。

 通常の授業に加えて早朝はジオルド君による1時間のダンスレッスン。

 夕飯を食べれば夜は先生と魔法剣の修行。

 休日は騎士団の要請で魔物討伐に駆り出されることが多くなった。

 今の私にホリデイという文字はない。


「負けてたまるものですか……!!」

 そう言いながらも身体はなかなか動いてくれない。

「この授業が自習で良かったわね。少し寝ておいたら?」


 今日の魔法の授業はレイヴンが騎士団の任務で不在のため自習だ。

 【魔法を使って何をする?】をテーマに、レポートにまとめて提出するのみだ。

 私はもちろん、先生を幸せにすることを目標にして(エリーゼ復活計画については伏せて)、先生への愛をレポート用紙10枚にまとめて、すでに書き終えている。

 もっと書きたかったものを、レイヴンが多くても10枚までという制限をかけやがったのだ。──くそう。


「それにしても、最近よく騎士団に駆り出されてるけど、そんなに多いの? 魔物」

「えぇ。【オーク】が増加の傾向にありますね。一回の討伐に、一体ではなく最近は群れになっているみたいで、騎士団だけでは手が回らないんですよ」

 困った奴らだ。

「たまには休んでゆっくりしたほうがいいのでは? ジオルド様とダンスの練習までしているとか……」

 メルヴィが心配そうに私の背を撫でる。

 あぁ、メルヴィの温かい手、癒される。

「ダンスはしっかりマスターしないといけないので、頑張らないと!! せっかく先生のパートナーに選んでもらったんですから!! 私はやり遂げてみせます!!」

 やる気は十分だ。

 やる気は。

 ──センスがないだけで。


「身体、壊さないようにね」

 クレアが私を覗き込む。

「はい。ありがとうございますクレア」

 でも、私よりも心配なのは先生だ。

 騎士団の方も忙しいようで、最近は朝食も取ることなく騎士団本部へと顔を出し、騎士達から報告を受けると各隊へ指示を出し、授業の時は学園に戻り、夕食後は私の修行に付き合った後、また再び遅くまで自身の魔力向上のための修行と残りの仕事をしている。

 おかげでここ数日、修行以外で先生とまともに会っていない。

 だって朝起きたらもういないんだもん。


 無理。

 先生不足で死ぬ。


「それにしても、よくあのクロスフォード先生がパートナーになってくれたわね」

 クレアが「良かったじゃない」と私を小突きながら笑う。

「今まで一度もパーティに女性をパートナーとして連れたことのない方ですのに、驚きましたわ。婚約披露パーティも、パートナー必須ではありませんでしたもの」

 私は先日のプロポ……、パートナーの申し込みを思い出して、顔を熱くする。

 先生はそのつもりはなかったんだろうけれど、私からしたらプロポーズだ。

 あれからしばらく悶え続けた。

「私も驚きました。だからこそ、先生に恥はかかせられません!!」

 私がダンスの練習に燃えていると


「あなた如きがシリル様のパートナーですって!?」

 甲高い声が降ってくる。

 

 ────セレーネさんだ。

 一日一回は私につっかかってくるセレーネさん。

 もう実は私のこと好きなんじゃないの? という考えに至ってからは、私の心は驚くほど穏やかになり、鬱陶しかったこの人も可愛らしく思えてくる。


「辞退なさい!! シリル様は、私のパートナーになるお方ですのよ!!」

「いや無理」

 私は即答した。

「なんですって!?」

「先生が【私を】選んでくれたんです。なら私は、先生に誠実でいたい。あの人が不要だと言わない限り、私はあの人のパートナーです」

 これだけは譲れない。

 まっすぐにセレーネさんを見つめながら言うと、彼女の顔が真っ赤に燃えて

「んなっ!! 平民のくせに──!!」

 と、彼女の右手が振り上がった。

 打たれる──!!

 そう思った私は目を閉じて与えられる衝撃を待った──。


 が、いつまで経っても予想していた衝撃は訪れない。

 私はゆっくりと目を開けて、目の前の状況に唖然とした。


「私の大切な招待客にこれ以上の無礼は許しませんよ」

 メルヴィがセレーネさんの腕を掴み上げて睨んでいる。

 え、誰?

 いつもの穏やかでおっとりとしたメルヴィはいずこ!?


「メルヴェラ様……!! っ……失礼いたしますわ!!」

 流石のセレーネさんでも、公爵家であるメルヴィには何も言い返すことができず、すぐに自分の席へと帰っていった。

「メ、メルヴェラ?」

 クレアが恐る恐る声をかける。

「ふぅ。……私だって、ヒメを守りたいんですのよ。あなたはたくさん背負いすぎなんです。何を背負っているのかは分かりませんが、もう少し私たちにも、その荷物を分けてくださいな」

 そう言ってふんわりとメガネの奥で笑った琥珀色の瞳に、安心感を覚える。


 あぁ。

 私の大好きなメルヴィだ。


「そうよ。何考えてんのか知らないし、私たちが何かできるかはわかんないけど、支え合うのが友達でしょ?」

「クレア……!!」

 私の友人達は、とても暖かい。

 とても優しい人たちだ。

 それは、前の世界では得ることのできなかった、私の宝物のひとつ。


 この子達と一緒にこの学園で過ごして、一緒に卒業したい。

 その思いが、日に日に強くなる。


 そのためにも、絶対に戦争を回避させなくちゃ。


 迫り来るタイムリミットを心の中で見据えながら、私はグッと拳を握りしめるのだった。



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