それはまるでプロポーズのような──


 先生に連れられてやってきたのはいつも私が修行している聖域。

 先ほどまでオレンジ色に染まっていた空に夕闇が混ざり合って溶けている。

 色とりどりの花が森を彩り、中央の湖の水面には夕陽が落ちて輝いてとても綺麗だ。

 もうすぐ春も終わりか。

 何度春を迎えても、桜の花を見ることのない春は少しだけ物足りなく感じる。

 なんでハンバーグやらお味噌汁やら、やたら日本の料理があるくせに桜がないのよ。


「ここは5年間、変わりませんねぇ」

 あの魔力検査の日を思い出す。

「あぁ。5年どころか、それ以上ずっと変わることはない」

 目を細めて懐かしそうに水面を見つめる先生。

 先生もここで修行をしていたんだろうか。

 エリーゼと一緒に──。

 先生が今思い出しているのがエリーゼなのだと思うと、ずっしりと心が重くなる。


「先生も……ここで修行をしていたんですか?」

 つい口から出てしまった言葉に、私はしまった、と後悔の念を抱く。

「いや。クロスフォード公爵家の中庭にフォース学園長が結界を張って行っていたから、ここで修行したことはない。それどころか君の魔力検査でここに来るまでは、12年程足を踏み入れてはいなかった」

 その言葉を聞いて、少しだけ私の重苦しかった心臓が落ち着きをもつ。


「ここは私の──大切な場所だ」

先生が湖のほとりに生えている水晶の1つをそっと撫でる。

「大切な場所?」

「あぁ。もう誰とも、ここに来ることなどないと思っていた……」

 寂しげに歪められた目元に、何が映っているのだろうか。

 エリーゼではない、何か。

 私はそれが知りたくて、先生のすぐそばへと足を進めた。


「カンザキ」

 唐突に名前を呼ばれ「ハイィッ!!」と反射的に返事をする。

「ここに私が二人で来るとしたら、相手は君だけだ。この景色を二人で見るのも」

 先生の冬色の瞳に、私がくっきりと映し出される。

 これは……。

 えっと、口説かれている?

 いや、ないな。

 先生に限って。

 落ち着け私。

 期待するだけ無駄だ。

 さっき期待を裏切られたばかりだろう。


 私が心の中で葛藤にもがいている中、突然先生が私の目の前に跪き右手を差し出した。

「私の──パートナーになってはくれないだろうか?」

「!?」

 それはまるで、一種のプロポーズのような──……。

 私が思い描いていたよりも遥かに素敵なシチュエーションに、なかなか言葉が出ない。


 これはプロポーズじゃない。

 落ち着け私PART2。

 これはあれだ。

 メルヴィの家のパーティの、パートナーの申し込みだ。

 多少天然気味の先生の言動は、時々心臓に悪い。


 なかなか動こうとしない私に不安になったのか、先生が

「だめ──か?」

 と少しだけ小首を傾げて上目使いで見上げる先生。


 グハァッ!!!!

 なんてあざと可愛いんだ……!!

 これがシリル・クロスフォード25歳の真の力か……!!


 私は差し出された手に、吸い寄せられるようにしてゆっくりと自分の手を重ねる。


「よ……、よろしくお願いします」

 小さく答えると、先生はその返事に僅かに表情を緩め「あぁ、ありがとう」と言って私の手を握りしめ立ち上がる。


 先生のアイスブルーの瞳と私の桜色の瞳が、互いの瞳の中で重なる。

 これは夢ではなかろうか。

 私が幸せを噛み締めていると、先生が「そうと決まれば、だ」と口を開いた。

「ジオルドとダンスをしっかり練習しておくように」

「────へ?」


 さっきの甘い雰囲気はどこへ?


「クロスフォード公爵のパートナーだ。嫌でも注目されるだろう。そのためにも、最低限のダンス力は身につけておけ。そして、堂々と振る舞うようになることだ」


 そ、そんな。

 ぶっつけ本番じゃ、ダメ?


「できるな? 君は、私の、パートナーなのだから」


 先生が意地悪く僅かに口角をあげて笑う。


「〜〜〜〜っ!! 反則ですっ!!」


 うちの先生は、意外とこっち方面も策士です。

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