先生にムードを求めてはいけません
【オーク】討伐から帰った私たちは、クロスフォード先生に報告するために騎士団本部を訪れた。
今日は先生もこっちで騎士団のお仕事中だ。
私が運命を変える前に過労死フラグが立ってる気がして最近心配している。
「あ、あれは……」
執務室へ向かう途中に見知った顔を発見した私は、すかさず声をかける。
「パルテ先生、ジゼル先生!!」
二人揃ってびくりと肩を跳ね上がらせ、ゆっくりこちらを振り返る。
「ヒ、ヒメ……、じゃないか。クロスフォード君も。ど、どうしたんじゃ? せっかくの休日に騎士団本部なんぞに」
強張った表情でどもり気味にパルテ先生が尋ねる。
隣のジゼル先生に至っては涙ぐんで目線を逸らしている。
あのいつも厳格できちっと人の目を見て話すジゼル先生が。
……何事?
「【オーク】討伐の完遂報告に来ました」
不審に思いながらもそう答えると「そ、それは、お疲れ様でした。私たちは少し野暮用がありますので、これで」と話を切り上げようとするジゼル先生に違和感を覚える。
「そ、そうじゃな。じゃぁヒ……メ、クロスフォード君、またの」
パルテ先生も笑顔だけれど、いつもとは少し違う。
繕っているような、変な笑顔。
「はい、私たちもこれで」
なるべく気にしないようにしながらそう言って、また廊下を進もうとすると「──ヒ、ヒメや」と恐る恐るといった様子でパルテ先生が引き止めた。
「はい?」
私は振り返りもう一度パルテ先生を見る。
「──その、剣は……、君に忠実かね?」
パルテ先生は私の腰の刀を見ながら、そう問いかけた。
そうだ。
この間の魔物討伐見学でこの刀を見てからだ。
この二人が私に対して少し避けているように感じられるのは……。
それがなぜなのかはわからないけれど。
忠実──。
問われたその意味ははっきりとしないけれど、これだけは確かだ。
「忠実、と言うのはよくわかりませんが、私の大切な相棒です」
しっかりと馴染むその刀は、私にとって最大の武器だ。
この刀を手に入れたから、魔法剣を学ぶきっかけをもらった。
「そして、この刀が私に忠実ならば、私はそれに対して誠実でありたい」
それが、この刀への私の誠意でもある。
パルテ先生は眉を少しだけ下げてから「そうか……──よかった──……」と言って、小さな体を揺らしながら私たちに背を向け、ジゼル先生とともに歩いていった。
「……お前、あの二人と何かあったのか?」
黙って聞いていたジオルド君が口を開く。
いや、そんなの私が聞きたい。
泣きそうな顔とあの挙動不審な態度。
私、なんかした?
私がわかるわけもなく、ただ「さぁ」とだけ答えてまた歩き出した。
コンコン──
軽いノックの後に「入れ」と先生の声がして、私たちは揃って騎士団長執務室へと足を踏み入れる。
「失礼します、兄上。無事に、確認された【オーク】全てを討伐完了しました」
「あぁ、ご苦労。すまなかったな、せっかくの休日なのに」
先生は私たちが入室すると目を通していた書類を置いて、ねぎらいの言葉をかけた。
「いえ。生徒とはいえ、僕は騎士団所属でもあるので」
「私も、生徒とはいえ大人ですし、クロスフォード先生を助け隊隊長ですので!!」
「……」
「……」
その可哀想な子を見るような目で見ないでっっ!!
大人なんです!!
本当に!!
そう言い続けてはや5年……。
一向に20歳に戻る気配はない。
まぁ、15歳の私と20歳の私、そう大して身体的違いはないんだけど……。
子ども扱いされるのはなんだか解せぬ。
「それはそうと、兄上、まだヒメにシード公爵家のパーティのこと、おっしゃっていなかったんですか?」
私が一人瞑想していると、ジオルド君がパーティについて先生に話を振ってくれた。
すると先生は「あ……」と声をこぼしてから「忘れていた……」と続け、深くため息をつく。
相当疲れてたんだな、先生。
「伝え忘れていてすまない。今年のカナレア祭の一週間後にシード公爵家でメルヴェラ嬢とラウル・セントブロウの婚約披露パーティを行うそうだ。君には共に招待状を受けた者として、私のパートナーを務めてもらいたい」
眉間を指で軽く揉んでから、先生が私を見て事務的な口調でそう言った。
うん、期待してなかった。
全然期待してなかった。
まぁそうだよね、相手がいないから手っ取り早くってやつだよね。
わかってたけど私にとって初めてのパートナーのお誘い。
もうちょっとムードが欲しかったよ……!!
はは、と乾いた笑をこぼす私を見てジオルド君が先生に何か耳打ちをする。
この後に及んで話の途中で義弟と内緒話ですか。
仲がよろしいことで。
どうせ私はただの身元不明の元幼女ですよ。
私の心は完全にやさぐれている。
最近、自分でも感情のコントロールが難しいと感じることがよくある。
以前は何があってもただニコニコしていれば、何も感じることなくスムーズに事は終わっていたのに、今はそれができない。
「ヒメ、僕はアステルと約束があるから、詳しい討伐内容はお前から報告しておいてくれ。いいですね、兄上」
「あ、あぁ。ご苦労だった」
先生がそう言うと、ジオルド君は私に「まぁ、がんばれ」と言って肩をポンと叩いてから部屋を後にした。
もやもやしているところにまさかの二人きり……!!
先生は若干気まずそうに視線を合わせようとしないし、一体どうすれば……。
はっ!!
そうだ報告!!
報告よね!!
私に課せられた使命はクロスフォード騎士団長に【オーク】討伐について報告すること!!
「あ、えっと……倒したのは【オーク】20体。大きなものでも体長約2メートルちょっとで【オークキング】の姿はありませんでした。最近の【オーク】の増殖現象、やっぱりグレミア公国によるものなんでしょうか──って先生、聞いてます?」
私がせっかく頑張って報告しているのに、先生は視線を下の方に向けたままじっと何かを考え込んでいる。
何故。
「おーい、先生?」
私は未だ思考の海に沈んでいる先生に近付いて、彼の顔を覗き込む。
「っ!! あぁ、ご苦労。二人で20体も相手に、よく完遂してくれた」
あ、ちゃんと聞いてた。
「先生が魔法剣を教えてくださっているからですよ。あとは、ジオルド君の日々の努力の賜物です」
レオンティウス様に頼み込んで稽古をつけてもらっているジオルド君の剣は、騎士団の中でもトップクラスだ。
いつもは麗しのオネエなレオンティウス様だけど、稽古になると鬼になる。
私も何度か稽古をつけてもらっているが、オネエの本気は恐ろしい。
「いや──君の努力の成果でもある。5年間、君は諦めることなく努力を重ねた。その結果が今だ。自身を誇れ」
休むことなくもがき続けた5年。
そのどの瞬間にも先生がいて、ずっと見守ってくれた。
そんな先生に認めてもらえたのが嬉しくて、鼻の奥がツンとする。
「──カンザキ。少し付き合ってくれないだろうか」
先生がいつもの無表情のまま言う。
「いいですけど、どこへ?」
「────聖域へ──……」
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