兄妹─大切で特別で唯一の─
それから私たちは、剣の手入れ道具を買いに武器屋へ行ったり、魔術書を買いに本屋へ立ち寄ったり、レストランで昼食を取ったり──……。
なんだかんだとお出かけを満喫した。
「ふぅ……。どうだ、久しぶりの買い物は」
王都のはずれの丘の上で、二人で並んで街並みを見下ろす。
たくさんの洋風の建物が建ち並び、小さな人々が行き交っている。
これが、騎士団や私たちが日頃守っている平和な日常なんだなぁ。
改めてそのことを強く感じる。
「とっても楽しいです!! ジオルド君、誘ってくれてありがとうございます!」
ふにゃりと笑ってそうお礼を言えば、ジオルド君が安堵したように優しく笑った。
「お前のその顔、久しぶりに見た」
「へ?」
「お前、最近笑っててもどこか疲れてるし、切羽詰まってるっていうか……余裕がなさそうだったろ?」
言われて初めて、はっと気づく。
確かにそうかもしれない。
今年に入ってから私は常に時間に追われている。
タイムリミットが近づいていることで、私の中に焦りが出ているのは間違いない。
なんてったって、成功するという確証も何もないのだから。
そうか。
それに気づいたからジオルド君は私を連れ出してくれたのか──。
ジオルド君だって日々の授業や討伐で疲れているはずなのに。
そう思うと、胸に何か温かいものが広がる。
「ありがとうございます、ジオルド君」
「別に、出かける用事があったから、ついでだ」
ふいっと顔を逸らしてからまた街並みを見下ろすジオルド君に、くすりと笑みが溢れる。
全く、素直じゃないんだから。
「ふふっ。優しい弟を持って、お姉ちゃん嬉しいです」
「お前は……、僕が兄だって何回言えばわかる!!」
そんなやりとりをし続けてもうすぐ5年。
心地いいテンポ感に、あぁ、私の日常だなぁと感じる。
緑のしげる丘の上でこんな風にほの温かい風を感じながら他愛のない会話を繰り返す。
そんな日常がたまらなく愛おしい。
「こんなふうに、一緒に笑い合える姉妹の関係でいたかったなぁ」
ぽつりとこぼれたその言葉に、ジオルド君がすかさず反応する。
「お前、兄弟いたのか?」
驚きの表情を浮かべ私を見るジオルド君に、しまった、と思いながらも、なぜかこの時は話したくなったのだ。
私と────セナのことを────……。
「いた、らしいですね。私が生まれる前に、3歳で事故にあって亡くなったので、会ったことはないんですけどね」
私が草むらの上で膝を抱えて座ると、ジオルド君も黙って隣に腰を下ろした。
「写真の中のセナは、あぁ、姉のことです。彼女はいつも無邪気に笑っていて、父も母もその写真を見る時はとても幸せそうにしていました。彼女の無邪気な笑顔は、死んでもなお皆の光だった──」
あぁ、風が気持ちいい。
あなたはいつも私の心をそうやって包んでくれる。
泣くな、大丈夫だって。
立ち上がらせてくれる。
私は大きく息を吸い込んで続けた。
「セナはね、とっても明るくて、元気な女の子なんです。3歳ですでに字を覚え始めてお料理のお手伝いもよくしてくれて、お掃除だって得意で、頑張り屋さんで……なんでもできるセナは、【特別】だったんですよ」
だから私は、必死に彼女になろうとした。
明るく元気で、なんでもできるようになれば、皆【私】を見てくれると信じて──。
「【特別】──か──……」
「えぇ。……本当に……」
どんなに頑張っても、私はセナになることはできなかった。
【私を愛して】の一言も言えないまま、ただ捨てられないように、息をした。
3歳より前の記憶はほとんどないけれど、昔はよく一緒に遊んでくれたような気がする。
【優しくて私を愛してくれる父母】だというその頼りない記憶を頼りに、私は【いつか】を信じて生きてきた。
そして唯一、あの瞬間だけ。
あのお守りの鈴を手渡されたあの瞬間だけが、私を【私として】見てくれた。
次に私が父母の姿を見たのは────二人の変わり果てた姿だった。
【私を愛して──私を見て──。あぁ、憎らしい──】
地の底から私を引きずり込もうとする声が頭の中で響く。
ふとした時に現れるその声は私を私ではなくしてしまいそうで……。
ふらりとそちらの方へ行ってしまいそうになる。
その方がずっと楽で、心地良いような、そんな気がして。
私が思考の海に微睡みかけたその時。
ぽん──、と私の頭の上に細く温かい感触。
「【特別】なものなんか見なくていいんじゃないか?」
耳に届いたのは静かな声。
「へ?」
「僕はそんな【特別】じゃないし、完璧な人間ではないけど……兄として、お前のことを誰より大切に思ってる」
ジオルド君のグレーの瞳が真剣に私を射抜く。
揺らぎのない真っ直ぐな瞳。
【主要な特別】《攻略対象者》でもなく【異なる特別】《非攻略対象者》でもない、ゲームに出てくることのなかったイレギュラーな彼の真っ直ぐな本心。
その心に触れて、私の中に再び暖かい風が駆け巡る。
私は少しだけ眉を下げて笑って「姑の間違いでは?」と返した。
「あ・に・だ!! 僕がお前の【唯一の兄】で、お前は僕の【唯一の妹】だ!! ……お前にそんな顔させる、そんな家族のことなんか忘れてしまえ」
なんて強引な。
でも────……。
「ふふ、何それ」
意識することなく思わず溢れる笑い声に、自分でも驚く。
私が作り上げた私が、どこかに行ってしまったみたい。
「……それがお前だろ」
そう言われて、私ははっとジオルド君を見る。
「【セナ】なんか知らん。ここにいるお前は【たった一人の僕の大切な妹】なんだからな」
与えられた頭上の温もりが、ガサガサと私の髪を乱す。
鼻の奥がツンとして、私は溢れてくるものを必死に押し込めた。
「ありがとう────お兄ちゃん」
かすれたその言葉は風の奏鳴の中に消えていった。
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