【SIDEフォース】とあるエルフの秘密


「フォース学園長!!」


 ノックも無しに大きな声をあげてバタバタと学園長室に入ってきた旧友達。

 僕からしたらまだまだ若い二人だけれど、この二人との仲ももう1000年以上になる。

 いつも穏やかなパルテと、厳格なジゼルがこんなに険しい顔をして、しかもノックまで忘れるなんてただ事じゃない。

 僕は読んでいた本を閉じて、彼らに向き直った。


「どうしたんだい? そんなに慌てて」

 僕は二人をソファへと促す。

「どうしたもこうしたも!! ヒメのあの剣はどうしたのですか!? なぜあの子にあの剣を……!!」

 声を荒げるジゼル。

 あぁ、見たのか。

 ヒメのあの特殊な剣を。


「見間違い、じゃなくて?」

 僕は表情を変えることなく、わざとそう聞き返す。

「わしがあれを見間違うはずがない!! あれは……あれはわしが、【あのお方】のために作り上げた特別な剣じゃ!! あれは……他の人間が持っていていいものでは無い」

 パルテの静かな怒りが突き刺さる。

 やはり、皆覚えていたのか。

 一度も使われることなく、本人の手に渡ることなく所在不明となったあの剣を。


「やっぱり、君たちにはすぐにわかったのか」

 その事実に少しだけ安堵する。

「そうだよ。あれは、君が【あの子】のために作った、唯一の剣。15歳になったら渡されるはずだった、【彼女】だけの剣だ」

 僕が彼女を思い出しながらそう告げると、ジゼルの短剣が僕の首元に突きつけられる。

 今にも殺さんとするような形相で僕を睨みつけるジゼル。


「貴様……!! 【あのお方】の剣をどうして……!!」

「君たちさ、逆にどうして気づかないの?」

 顔を歪ませながら僕を見る二人に、僕は静かに問いかける。


「君たちは、一度も疑問に思わなかった? 黒く長い髪。全属性持ち《オールエレメンター》という強大な魔力と、剣の才能。シリルを慕う姿──」

「!!」

 あぁ、ようやく気づいたか。

 二人の大きく見開かれていく瞳がそれを確信づける。


「だが瞳は……!!」


「あぁ、そうだったね。君たちは知らないか。──いいや、【彼女】の【本当の色】は、僕と【彼女】の【両親】のみしか知らない秘密だからね。当然だ」

 生まれたばかりの【彼女】を見たのは、僕と【彼女】の【両親】だけだからね。

 決して知られてはいけない。

 時が来るまでは秘密にしなければならなかった。

 彼女の存在とともに。


「【あの子】の産まれた時の瞳の色はね────ローズクォーツのような、美しいピンク色だったんだよ──……」


「!!」

「そんな……!! では……!!」


 カランッと高い音を立てて、ジゼルが僕に突きつけていた短剣が硬く無機質な床へと落ちる。

 僕はゆっくりとうなずくと、静かに口を開いた。


「そうだよ。ヒメが……あの子が僕たちの──……姫君プリンシアなんだよ──」



「!!」

「生きて……おられたのか!? あの魂すらも燃やし尽くす炎の中!?」

 パルテが動揺するのも無理はない。

 最高クラスの炎魔法に焼かれた王と王妃は、亡骸はおろか、魂すらも燃やし尽くされてしまい、輪廻の輪に戻ることすらできなかったのだから。


「死の間際に、王と王妃が彼女に魔法をかけたようなんだよ。二人が亡くなった後の魔力の痕跡で、そのことにはすぐに気づいたよ」


 パルテとジゼルが息を呑む。

 王と王妃はこの二人の教え子でもある。

 二人が結婚する時も自分のことのように喜んで、あの悲劇が起こった時にはただただ泣き叫んだ。

 だって、ただならない魔力放出を感じて王城へ向かえば、王と王妃、そして姫君プリンシアの魂の気配すら消えているのだから。


「これは僕の推測だけれど、王と王妃は、死の間際、あの子を他の世界へ転移させた。おそらく、姫君プリンシアの祖父である前王が産まれた世界へね。瞳の色を偽装させて……。産まれた時から膨大な魔力を持っていた姫君プリンシアは、感情の動きですぐに瞳を赤くさせてしまっていたからね。あの子が瞳を赤くした時、それは制御ができていない時だ。彼女の内にある大きな力の制御が、ね。だから彼女の【中のもの】を眠らせたんだ。いつかこの世界に帰ってくるその日まで」


 まぁ、時空の流れの干渉もあって、ちょっとばかり年齢に食い違いが出たみたいだけれど。

 後々帳尻が合えば問題ない──か。


 僕は窓の外に目をやる。

 あぁ、討伐見学から帰ってきたみたいだ。

 先に帰還していたシリルに気づいてふにゃりと笑顔を向けるヒメに、僕もつい顔を綻ばせる。

 シリルの表情も、昔に比べて随分柔らかくなった。

 やっぱり、彼にヒメを預けて正解だった。


「クロスフォード騎士団長は? シリルはこのことを知っているのですか!?」

 僕の視線に気づいたジゼルがそう詰め寄る。

 彼女は、シリルに剣を教えた師だ。

 気になるのは無理もない。


「いや、知らないよ。姫君プリンシアが生きていることも。ヒメが姫君プリンシアだということも」

「あの子は──!! 婚約するはずだった姫君プリンシアとの約束と、妹弟子への贖罪のためだけに生きているのですよ!? なのになぜ!?」

「ジゼルや、落ち着きなさい」

 僕の胸ぐらを掴み上げるジゼルと、それを止めようとするパルテ。

 僕は掴み上げられたまま、ジゼルをじっと見つめた。

「それでも──あの子自身が自分の心を解放してあげなきゃ意味がない」

 ただ真実を告げて二人が結ばれたとしても、自己肯定感の低いあの子はいずれ思うだろう。

 『初恋が美化されていただけで、私のことを好きになったのではない』──と。

 全く、世話のかかる子達だ。


「だから、決して言ってはいけないよ──」


 僕がそう言うと、ジゼルは苦しげに瞳を伏せ、僕を掴んでいた手を離し「わかりました」とつぶやいた。



 婚約者になる予定で初めて二人を引き合わせたその日。

 仲睦まじく話していた二人の姿は、僕たち大人にも微笑ましく見えた。

 あの人間嫌い、女性嫌いになってしまっていたシリルが、3つの幼子の前で笑ったんだ。


 死んでしまったと聞かされた時のシリルの様子は、今でもはっきり覚えている。

 まだ8つの子供が、血が出るほどに唇を噛んで、涙を浮かべ堪えていた。


 幼い恋でも、彼にはたった一つの愛だったんだろう。


 どんな婚約の話にも頷くことなく、どんな女性も跳ね除けてきたのは、全て愛する姫君プリンシアへの誠実な愛のため。


 本当に、世話のかかる──可愛い子達だ──。


 そして僕はまた、窓の外の可愛い宝物たちを見つめるのだった。
















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