魔物討伐に慣れすぎた弊害

 私たちが転移した先は、木々が生い茂る森の中。

 雨が降った後のようで、あちらこちらの葉っぱからは雫が滴り落ち、独特の土の匂いが上がってくる。

 雨上がりのせいか小さな虫がふわふわと浮いているのを見て、Sクラスの女子達から不満の声が上がる。


「なんで私たち高位貴族がこのような場所に……!! しかもシリル様と同じ班じゃないなんて……!!」

「本当ですわ。足場も悪いし虫も多いし……」

「こんな場所が似合うのは平民ぐらいですのに」

「まったくですわね」

 セレーネさんといつもの取り巻き3人組が文句たらたらに足を動かす。

 彼女達も一緒だったんだ。

 でもセレーネさんが先生と一緒じゃなくてよかった……。

 心の中でほっと胸を撫で下ろす。



「全然魔物出ねぇなぁ」

 マローが森のあちこちを観察しながら隊列についていく。

「そうですねぇ。前に来たときは【ベアラビ】の群れが襲いかかってきたものですが……」

 私はマローやクレア達と騎士達のすぐ後を歩く。

 【ベアラビ】とはクマのように大きく目つきも悪い、凶暴なうさぎの魔物だ。

 前回来たときは群れで襲いかかってきたと言うのに、今は影すら見えない。


 私のぼやきに振り返ったのはジャンだ。

「お前が前回ベアラビ達をボコボコにした上で、その場に座らせて延々と説教と団長の尊さを説きまくってたから、怯えて出て来られないんだろ」


 むっ。

 怯えとは失礼な。

 私はただ、魔物でもきちんと意思を持つベアラビにも先生の素晴らしさを知って欲しかっただけなのに。


「ここらで少し休憩にするわ。皆、固まって座ってね」

 しばらく歩いたところで令嬢達の不満をかんがみたレオンティウス様が休憩を言い渡し、私たちは木々の真ん中でぽっかり空いた空間に身を寄せ合って座った。


 その時──……ザザッ──


 茂みが動いて、飛び出してきたのは【ポムポロ】という猪のような姿に蛇の尻尾が生えたような魔物だ。

 それは私めがけて突進してくる。

「ヒメ!!」

 ジャンが動くよりも早く、私は手のひらを迫ってくる【ポムポロ】に向けると土魔法を発動させた。

 土が先端を尖らせた状態で盛り上がり、獲物をしたから突き上げ捕らえる。


「【ポムポロ】ゲットォォ!!」


 私はすぐさま水魔法で獲物の血を抜き取り、氷魔法でナイフを作るとそれを裁き始めた。


 ジャクッジャクッ……

「ちょ、ちょっとヒメ? あんた何して……」

 クレアが恐る恐る尋ねる。

 ジャクッジャクッ……

「捌いてます。ちょっと待っててくださいね」

 ジャクッジャクッ……

「おい、捌いてるって……」

 ジオルドくんが覗き見てから「うっ……」と口元を押さえてアステル達の方へ戻っていった。

 ジャクッジャクッ……

「よしできました。あとは……」


 私はキョロキョロと辺りを見渡して、木を集めると、炎魔法で火をつけた。

 得意魔法であるものの、炎があまり好きではない私は、炎魔法を使うことはこの時以外はあまりない。


 そして先ほど捌いた【ポムポロ】の肉を一口サイズごとに木の棒に刺して、炎で炙り始めた。

 ジュワジュワと音を立てて焼かれていく【ポムポロ】の肉。

 これが美味しいのよね。

 魔物討伐の醍醐味といえばサバイバル料理!!

 私が滴るよだれもそのままに、こんがりと焼かれていく肉を見ていると「美味しそうね」といつの間にやらレオンティウス様が隣にいた。


「レオンティウス様!! 美味しいんですよ【ポムポロ】の肉。おひとついかがですか?」

 私が焼き上がった肉をレオンティウス様に差し出すと、レオンティウス様はふふっと笑って「いただくわ」と言うとそのまま口を近づけパクッと口に入れた。


「ッ!! ちゃんと自分で持ってくださいよ!!」

「あっつ!! はふはふ……っ。あら本当ね。美味しい」

 目をまん丸にしてレオンティウス様が言う。

「でしょ? 皆さんもどうぞ〜」

 私が他の騎士や生徒、先生方を見ると、騎士達は喜んで肉に駆け寄り、生徒達は顔を引き攣らせ私の先ほどの一連の所業にドン引きしているのが見てとれた。

 しまった……!!

 騎士団の魔物討伐に慣れすぎた弊害がこんなところで出るとは……!!


 私がどうフォローしようかと思考を巡らせた瞬間──。


「オォォォォォォォ──……!!」

 野太く低い声が森に響き渡り、木々から一斉に鳥達が飛び立つ。


 そして大きな地響きとともに木々の間から【それ】は姿を表した。


 ────【オーク】だ。


 体長2メートル程のくすんだ緑色の身体。

 鋭い目つきに豚のような鼻、そして尖った牙。

 口元には今まさに何かを口にしていたであろう赤黒い血液のような液体がこびりついている。


「う……うぁぁぁぁ!!」

「キャァァァァ!!」

 生徒達の悲鳴が森の中に木霊する。


「落ち着きなさい!! あんた達はここでしっかり見ておくの!! 騎士共!! スパッとやっちまいなさい!! 魔法騎士は生徒達に防御魔法を!!」

 レオンティウス様が生徒達を一喝し、騎士達に命令を下す。

 それを聞いて魔術師が私たち生徒に向かって魔法を放つ。

 透明な箱のようなものに囲われた私たち。

 これで外からの攻撃から身を守ることができる。

 何かあってもパルテ先生とジゼル先生が守りを固めているので、被害を出すことはないだろう。


「相手は【オーク】1匹!! でもだからといって気を抜くんじゃないわよ!! 気抜いてたやつは、後でヒメに個別で【シリル推し活本】を朗読してもらうんだからね!! それが嫌なら死ぬ気で戦いなさい!!」


 なんで私の推し活が罰則になってんの!?

 解せぬ。


「むぅ……。レオンティウス様は行かないんですか?」

 私は目の前で腕組みしたまま戦う騎士達を見学しているレオンティウス様をじろりと見る。


「ふふっ。あれくらいあいつらでなんとかするわよ」

 そう言って騎士達を見るレオンティウス様の視線を私も追う。


 ジャンとセスターが地を蹴り、両脇から一気に切り上げる。

 息をぴったりと合わせ、対称となる場所から次々と切り込んでいく二人は、まさに名コンビだ。

 魔術師が氷で【オーク】の足を捕らえ、他の騎士達もセスターとジャンに続き攻める。


 だが【オーク】も負けてはいない。

 体をぐいんっとねじり、剣を立てる騎士達を振り払うと、ジャンに向けて手を伸ばした。

「うぉっ!?」

 間一髪のところで体をひねって避けたジャン。

 さすが次期幹部候補。


 ジャンの努力が身になっていることに嬉しさを覚え、ニマニマと微笑みながら見ていると

「ッ!! おいヒメ!! お前も手伝えよ」

 ジャンがこちらに気づいて声をあげた。


「えー? いやですよー。私、ピッチピチの一年生ですから♡」

「てめっずるいぞ!! 年齢詐称中のベテラン騎士だろお前!!」


 むぅ。なんだ、年齢詐称中って。

 確かにそこらへんのおじさん騎士よりは強くなったという自覚はあるが、年齢は詐称していない。

 私は膨れっ面でジャンに「ベーっ」と舌を突き出した。


 ジャンが体勢を立て直している間にセスターが水魔法を【オーク】の顔にぶつける。

 そしてそれを見計らって一気に騎士達が畳みかける。


「だぁぁぁぁぁっ!!」

 フロルさんが地面を蹴り上げ真正面から剣を振り下ろす──。


 深く緑の身体に剣が食い込めば、そのまま【オーク】は真後ろへと身体を倒した。

 大きな地響きの振動が足元を伝う。

 視線を外すことなく息を呑む生徒達。


「やった……」

 騎士の誰かが呟いて、騎士団、生徒から喜びの声が上がる。



 ──【オーク】の討伐が完了した。

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