伝えられなくなった言葉
「────っはぁっ!!」
シュルシュルと音を立てて刃を風が包む。
小さな竜巻の中の刃は月明かりに怪しく揺らめいている。
そして私はそれを一気に目の前の的に向けて振り下ろした。
真っ二つに割れて転がり落ちる的に、私は肩で息をしながら「やった……!!」と小さく呟く。
「できた!! できました!!」
私は夕食後からかれこれ2時間、剣に魔法を纏わせる魔法剣の訓練を受けていた。
先生は難なくこなす魔法剣。
だが、魔法剣には無詠唱魔法を発動させながら剣を振るうという二つのことを同時にせねばならない。
私はすでに詠唱無しで魔法を使うことができるが、私の脳は一つだ。
魔法を使っていれば剣技は疎かになる。
先ほどの魔法剣により真っ二つに切り落とされた的を見て、先生が力強く頷く。
「切れ味もいい。迷いなく切った証だ。よくやった」
表情を変えることなく放たれた言葉だが、私の胸に染みわたる。
「初日でこれならば大したものだ。明日からは動く的を用意する」
「レイヴンですか?」
レイヴンはよく的になってくれる。
先生の中でレイヴン=的らしく、よく連れてきては私に魔法をぶつけさせている。
それができるのも、彼が強力な魔法使いであるからこそで、それを知っているからこその人選なのだろう──と、思いたい。
「いや、パルテ先生が新しい練習用の的を開発したらしいから、そちらを使わせてもらう。あいつも騎士団の任務で少し忙しくなってきたようだからな」
そう言って先生は真っ二つになった的を消失魔法で消し去った。
「今日はここまでだ。もう休め」
先生が私にタオルを手渡して、私はそれを受け取ってから滴る汗を拭う。
「はい、ありがとうございました先生!! 好……っ」
いつものように言いかけて────言うことができなかった。
夕食前に感じたモヤモヤがこびりついて。
そういえば以前、婚約者がどうのとレイヴン言っていた。
あれはエリーゼのこと?
いつまでも、お決まりとなったその先を言うことのない私を不審に思ったのか、先生が「カンザキ?」と顔を覗き込んだ。
私の視界いっぱいに先生の美しいお顔が広がる。
「ふぁ!? あ、すみません、ぼーっとして……。行きましょ」
そう言っていつものように笑顔を作り、部屋へと二人で他愛のない話を楽しみながら帰った。
────パタン、ガチャ。
「あれ? 鍵閉めるんです?」
いつもは先生はそのまま、また自分の修行や騎士団のお仕事に行ってしまうのに。
「あぁ。私も今日は休むことにする」
そう言いながら、魔道具のポットを再度テーブルに置き、カップにコーヒーを注ぐ。
このポット、Aクラス担任でドワーフ族のパルテ先生の魔石発明品の一つで、触れるだけで自動的に飲みたいものを用意してくれる優れものだ。
私もこの5年ずっとお世話になっている。
「君は先にシャワーに行くといい」
「はーい」
返事をすると私は先にシャワールームへと足を向けた。
シャワーも魔石によって動いている。
炎の魔石と水の魔石を組み込んであるのだと以前パルテ先生が教えてくれた。
魔石、すごい。
それにしても、ここにきて不安が一気に押し寄せてくる。
知らないことが多すぎるのだ。
エリーゼと先生が兄妹弟子?
エリーゼと婚約予定だった?
もしくはすでに──……?
あぁもう、訳がわからない。
熱いシャワーのお湯に自分の雑念も流すように、私は水圧を強くする。
もしも先生が幸せになったら──。
その時はきっと近い。
5年目の年。
私の魔力も申し分の無いほど備わってきた。
今になって躊躇しちゃだめ。
だって私は【推し】の幸せの為に頑張ってきたんだもの。
私は全ての雑念を押し込めてシャワーを止めると、シャワールームを後にした。
「上がりましたー!!」
いつものように笑顔で。
私は普通に振る舞う。
「先生、シャワーどうぞ」
湿った髪もそのままに私が言うと「君は、どうしてこうも……」と先生は呆れるように言った後、私の肩に意味無くかかったままのタオルでふわりと黒い髪を包む。
「早く乾かして寝なさい。風邪をひく」
そう言って頭をひと撫でしてから、先生はシャワールームへと消えていった。
「っ……先生、反則です……」
なんなんだあれは。
カッコ良すぎる。
私の妄想が見せてる幻?
私は大きく鳴りっぱなしの鼓動もそのままに、すぐに炎魔法と風魔法で髪を乾かすと、アレンにもらった葡萄ジュースを空のカップに注ぐ。
葡萄の芳醇な香りが部屋いっぱいに広がる。
そして私は、一気にそれを飲み干した。
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