待ちに待った神魔術



 私はこの時をずっと待っていた。

 そう、今日は待ちに待った初めてのクロスフォード先生による神魔術の授業の日なのだ!!

 午前の授業中からずっと楽しみにしていた私は、眉間の皺を深めながら仁王立ちしている先生の目の前を陣取って、ワクワクそわそわと彼を見上げる。


「はぁ……視界がうるさい……」

 先生はため息をつきながらそうこぼすと、全体に向けて言葉を発した。

「月に一度のこの神魔術では、聖魔法と闇魔法の見学と座学を主にする事となる。この中の数人は、聖魔法、闇魔法を持っているだろう。その者たちはこれとは別に週に一度、それらの魔法についての実技を行うことになる」


 あぁ、カッコイイ……。

 うちの先生、ほんっとうにカッコイイ……!!

 好き……!! 

 うっとりと先生を見つめながらも、先生の発する言葉一つ一つをしっかりと刻みつける。

 ぁ、今眉間の皺が増えた。


「闇魔法は知っていなければ防ぐことができない特殊魔法だ。教科書5ページを開け」

 言われた通りに薄い冊子を開くと、そこには人が闇に取り込まれる様子が描かれている。


「人の心に知らず知らずのうちに根付いていくもの……それが闇だ。闇は育ちすぎるとその者を飲み込み、死に至らしめる」


 ゲームでのレイヴンやマローの姿が思い出される。

 二人とも、抱えきれないほどの闇に飲まれて、死んでしまった。

 あの光景を見ずに済んだことは、私が積み重ねてきたものの大きな成果だと思う。


「あぁ……素敵ですわ、シリル様」

 最前線、私の隣でうっとりと先生に熱視線を送るのはセレーネさんだ。

 ふとそちらの方を見ると、彼女の鋭い視線が重なる。


「あらカンザキさん、いらっしゃったの? 地味な髪色なので気づきませんでしたわ」 

 私を見下しながら言うセレーネさんに、笑顔のまま内心でため息をつく。

 どこの世界でもいるのね、こういう可愛い嫌味を言ってくる子。

 いちいち過剰に反応してたら相手の思う壺よ。

 私は大人。

 私は大人。

 小娘の言うことなんて気にしない。


 私が反応しなかったことでセレーネさんの気を削いだのか、彼女は「ふんっ」と鼻を鳴らして私からまた先生へ視線を戻した。

「あぁ、さすがは私の旦那様ですわ」

 またもうっとりと先生へ熱視線を送るセレーネさん。

 旦那様だと!?

 飛び出したその言葉に大人の部分を取り払った私は、隣のセレーネさんを凝視し圧を送る。 


 その間も先生は淡々と授業を進め、ついにこちらをジロリと見た。

「パントモルツ。私の顔は教科書ではない。真面目に授業を受けないのならば立ち去れ」

 先生が冷たく言い放つとセレーネさんはびくりと肩を震わせて「はい……」と返事を返す。

 私はそれをみて心の中で小さくガッツポーズをする。

 いいもん。

 大人気なくて。

 だって今、ギリギリ15歳だもん。


「通年であれば、レイヴンを的にいくつか闇魔法とその防御魔法を見学させているが、今はあいにく留守にしている。よって……」

 そこまで言って先生がこちらをチラリと見る。

 アイスブルーの瞳が一直線に向けられ、刹那、先生は私めがけて闇の稲妻を振っ掛けてきた。

「わわっ!!」

 私はすぐにそのどす黒い稲妻を、同じく闇魔法のブラックホールを出して吸い込む。


「おぉ……」

「すごい……」

 周囲から感嘆の声が上がる。


「危ないじゃないですかぁっ!!」

「このように、防御魔法で防ぐ他にも、魔法同士の衝突で打ち消したり、先ほどのような闇魔法のブラックホールで吸い込み消失させることもある。ただ、衝突は互いの魔力量の差にもよるので、一か八かではあるがな」

 私の必死の抗議を無視して、先生は全体へ説明をする。


「先生人の話聞いてます!?」

「カンザキ、うるさい」

 表情を変えずに言うと、先生は私を光魔法による光の縄でぐるぐる巻きにし芝生の上に寝転がせた後、ハンカチを私の口に突っ込んで拘束した。


「むぐっむぐぐぐっ!! むぐむぐっ!!(くぅっ卑怯な!! でも好き!!)」


「君たちはこれらの闇魔法を見た上で、レイヴンの元で自分の属性魔法を学べ。そしてきちんと対応できるよう、身を守る術を持つことだ」


 それはいずれ訪れるであろう戦争のことを言っているのかは私にはわからないが、私もその考えには賛成だ。

 もし何かあったとしても私が守るつもりではいるけれど、この手からこぼれ落ちてしまうものもあるだろう。

 そんな時、自分たちで自分たちを守れる術を学んでいれば、助かる命もあるのかもしれない。


「以上で本日の神魔術の授業は終了だ。解散」


 淡々と終わりを告げ、先生は未だ転がったままの私をチラリと見てからフッと笑った。


 笑っ……た!?

 あの表情筋の凝り固まっている先生が!!

 例え嘲笑うかのような笑いでも笑いは笑い。

 今すぐ愛を叫びたいがあいにく今の私は縛られた上、ハンカチを突っ込まれている。

 はっ……!! そういえばこれは先生のハンカチ……!!

 家宝にしよう。


「シリル様!! 素晴らしい授業でしたわ!!」

 私が先生のハンカチに思いを馳せているとまたもセレーネさんの甲高い声が私の思考を遮った。


「パントハイム、ファーストネームで呼ぶなと言ったはずだ」

 冷たく突き放す先生。

「良いではありませんの。私に釣り合う男性はあなたしかいませんもの」

 なおも食い下がるセレーネさんに先生は眉間の渓谷を深める。

「クロスフォード家の人間である私に釣り合うのは、王族か聖女ぐらいだ。さっさと行け」

 先生に釣り合うのは王族か……聖女……。

 それはエリーゼのことを言っているのだろうか。

 もやもやとした何かが胸の中に煙のように広がる。


「い、行きましょう、セレーネ様」

 セレーネさんの取り巻きたちが、先生のさっきに気押されてセレーネさんの腕を取って引きずっていく。

「ちょっ!! 私はまだシリル様と……!! 離しなさいなーーーー!!」

 賑やかなのが去って、静寂が訪れる。

 先生は無言で、地に転がり続ける私を見下ろしている。

 そして表情を少し緩めてから、光の縄をほどき、ハンカチを消し去る。


「せっ!! 先生、ひどいですよぉ!! 先生になら囚われても大歓迎ですが、もう少し手加減を……!!」

「なら……、囚われてみるか?」


 私の言葉を遮って、淡々と口にした先生の言葉に、私は「え?」と目を見開いたままフリーズした。


 そんな私を見てまたフッと笑う。

「冗談だ、馬鹿娘」

 ポンと頭に手が置かれる。


「なっ……!!」

 あの先生が……冗談を……!!


 どうしたのろう。

 最近先生が少し……おかしい!!

 ネジの一本でもどこかに落としてきてる?


「あ、あの……先生?」

 心配になり私の頭に手を乗せたまま軽く動かす先生をチラリと見上げると

「おや? シリルにヒメじゃないか」

 柔らかな声が訓練場に響く。


「アレン」

「ふふ、君たちはいつも一緒にいるね」

 紫色の液体が入った瓶を2本腕に抱え、いつものように朗らかな笑顔で私たちに近づくアレン。



「そりゃそうですよ!! 私と先生は運命の赤い糸で繋がってるんですから!!」

「そんな糸は私には見えないが?」

「こんなにくっきりなのに!?」

「一度ヒーラーに目を診てもらえ」

「そんなっ!?」


 ネジはちゃんとハマっているみたいだ。

 良かったような、取れてて欲しかったような……。


「ふふ。本当、良いコンビだね」

 飛び交う言葉たちに、アレンがクスクスと笑う。


「君たちを見ていると、幼い頃のシリルとエリーゼを思い出すよ」

 遠くの空を見つめながら、アレンがこぼす。

「おいアレン」

 エリーゼの名を出したアレンに、先生が硬い声で制止する。


「良いじゃないか。昔を思い出すくらいは。幼馴染だろう? それに、君たちは共にフォースのもとで学んだ兄妹弟子じゃないか。たまには思い出してやってよ。あの子、君と婚約するのを楽しみにしていたんだからさ」


 アレンのその言葉に、私の鼓動が大きく早く鳴り響く。

 フォース学園長の元で一緒に学んだ兄妹弟子?

 婚約するのを楽しみにしていた?


 なにこれ。

 知らない。

 この展開、私は知らない。


 彼女とも、こんなふうに一緒に過ごしたのだろうか。

 毎日一緒に訓練をして、他愛のない話をして。

 なら今私がしているのは────エリーゼの代わり……?


 冷たい汗が頬を伝う。


「私たちはそんな仲じゃない」

 硬い声のまま先生が言うが、私は彼を見ることができない。

「仲は良さそうだったけどね、双子の兄の僕よりも。さて、そろそろ僕も行かなきゃ。あ、そうだ、ヒメ、これ」

 アレンは腕に抱えていたボトルの一つを私に手渡す。


「葡萄のホットジュースだよ。僕が作ったんだ。よかったら訓練の後にでも飲んでね」

 アレンはにっこりと笑いながらそう言って「じゃ、僕はこっちの大人用をレイヴンに届けてくるから。またね」と訓練場から出て行った。


 残された私と先生は、互いに何を言っていいかわからないまま、その場に立ち尽くす。

 なんて言えばいいのか、今は思いつかない。

 先生、婚約するんですか?

 いやいや無理無理無理無理!!

 肯定された時の私のダメージが大きすぎる。

 あぁ、私の臆病者……!!

 


「夕食が終わったらいつものように時間をとってある」


 ようやく口を開いたのは先生で、なんの脈絡もなく発せられたであろう言葉に、私は小さく頷く。


「ありがとうございます。クレアたちと夕食食べてきますね」

 そう言って、私は逃げるようにその場を離れた。

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