【Sideレイヴン】とあるSクラス教師兼魔術師長の宣誓



 まだ少し肌寒い夜のグローリアス学園を足早に闊歩する。

 今日は俺が見回り当番の日だ。


 あとはここ。

 グローリアス学園隣にある学生寮の見回りだけ。


 俺たち教員の部屋がある本校舎を出て隣の寮へと足を向けると、見知った人影を発見して、俺は足を止めた。


「ヒメ?」

「あ、レイヴン」

 それは、早いものでもう5年の付き合いになるヒメ・カンザキだった。


「どうしたんだよ? こんな時間に、こんな場所で」

「メルヴィの部屋で夕食を食べながら女子会してました」

 楽しそうに話すヒメだが、俺は困ったようにため息をついた。

 ったく、こいつ危機感って言葉知ってんのか?


 ただでさえ狙ってる奴は多いのに。


 この5年ですっかり女性らしく成長したヒメは、前から知っているという欲目無しに見ても可愛い。


 サラサラの黒髪とキラキラと輝くローズクォーツの瞳。

 手足はすらりと伸びて、胸もほどよく成長している。


 ふと、いつだったかハロウィンでヒメが披露した大人のヒメの姿が脳裏をチラつく。


 幼さと大人っぽさを混ぜ合わせたような美しい女性。


 あと5年もしたらあぁなるのか……。

 思い出すだけで身体中の熱が一点に集中する。


 俺はその熱を振り払うように顔を左右に振り

「し、シリルは知ってんのか?」

 と邪念など抱いていないかのような素振りを装い尋ねた。


「はい、許可は取ってますよ! 門限付きですが」

 さすが保護者代表。

 抜かりはねぇな。


「なら、送ってく」

「え、大丈夫ですよ! レイヴン、これから逢い引きでしょ?」

 さも当然のような顔をして言うヒメに

「んなわけあるか!! 生徒に手出すわけねぇだろ」

 と慌てて突っ込む。


 こいつ、俺をなんだと思ってんだ。


「そこは分けてるんですね」

「当たり前だ」


 俺はモテる。

 去る者は追わんが、来るものは基本拒まない。

 まぁ、こいつに出会ってからはそれも鳴りを潜めているが……。

 それでも流石に生徒に手を出したことはない。


「良いからほれ、行くぞ」

 そう言って俺は、ヒメの手を引いて歩き出した。




 静かな校舎は所々に魔法石によってランプが灯され、薄暗く優しい光を放っている。

 日中は生徒たちの声で溢れかえっているこの場所も、今は二人の足音だけが響き渡る。


 俺は中庭の前で足を止め「ちょっと寄って行こうぜ」と夜のベンチへとエスコートした。


「ふふっ。レイヴンと二人でゆっくりするの、なんだか久しぶりです」

「あぁ。最近はシリルもレオンティウスもべったりだしな」


 年々過保護になっていく幼馴染二人を思い出し、苦笑いをする。


「ヒメ、日中はありがとうな。お前のおかげで、マローも無事だった」


 ヒメのとっさの判断のおかげで、マローも他の生徒も無事だったし、早いうちに騒動を収めることができた。

 この5年、努力に努力を重ねて、シリルにも引けを取ることのない強さを身につけたこいつを、俺は誇らしく思うし、尊敬もしてる。

 


「レイヴンが私を信じてくれたからですよ。レイヴンの魔法がなかったら、私たちすぐに炎に飲み込まれてました。ありがとうございます」

 そう言って律儀に頭を下げるヒメ。


「マローに聞きましたよ。レイヴンがマローやご両親を助けてくれたって」

 頭を上げてふにゃりと笑いながらヒメが言う。

 そういやそんなこともあったな。


「お前が言ってたからな。『セリア伯爵家が狙われると夢で見ました!! 心配なのでしばらく警備をつけてください!』なんて、下手くそな演技までして」

 あれは、こいつがカナレア祭で誘拐された後ぐらいだったか。

 まさか本当にその2年後に、セリア伯爵夫妻とマローが襲われるとは思わなかったが……。

 犯人はこいつを誘拐した奴らと同じ、グレミア公国の人間だった。

 偶然か?

 

 いや、こいつは多分知っていたんだ。

 だったら何故俺たちに詳細を話さない?

 ヒメに対するもやもやした思いが湧き上がるが、こいつが誰かを陥れようと考えるような奴じゃないのはよく知ってる。

 なら、何も言わずにこいつを見守るのが騎士の務めだ。


「あはは、その節はどうも……」

「もうちょい演技力つけろよな」

 からかうように言ってやるとヒメは口元をひくつかせて苦笑いで応えた。

「でもレイヴン。マロー、あなたに憧れてるって言ってましたよ。レイヴンみたいな魔術師になりたいって」

 さっきまで微妙な顔してたヒメは、まるで自分のことのように嬉しそうにそう言った。

 憧れか……。

 胸が暖かくなる。


 俺はこいつに会うまで、ずっと自分を卑下して、俺なんか、って思いながら生きてきた。

 あの時は無自覚だったけどな。

 今ではわかる。

 俺はずっと、俺を信じていなかった。

 俺の才能を。

 俺の努力を。


 でも、そんな俺を肯定してくれたヒメがいたから、呪縛から解き放たれるかのように心が軽くなった。


 もう俺は自分を卑下しない。

 俺が俺の力を信じた結果が、セリア伯爵一家の無事とマローの俺への憧れなら、そんな俺にしてくれたこいつには感謝しかない。


「ありがとな」

 静かに呟く。

 ヒメはその短い感謝の言葉に込められた想いも全て理解しているかのように、ふにゃりと笑った。


「あ! そういえば、メルヴィ、婚約するんですよね!! おめでとうございます!!」


 手を叩いて喜ぶヒメ。

 あぁ、そういやそうだったな。

 あの小さかったメルヴェラも婚約することになったんだ。

 そう思うとなんだか感慨深い。


「あぁ、ありがとな。相手はうちのクラスのラウル・セントブロウでな。大司教様の息子の次男坊で、うちに婿入りするんだ」

「婿入り? じゃぁレイヴンは? まさかついに勘当!?」

「じゃねぇよ!!」

 こいつ本当に俺のこといつもどんな目で見てんだ?

 まぁ確かにシリルみたいに品行方正ってわけでもねぇが、さすがに勘当されるようなことは起こしていない。


「俺は結婚する気ないしな。お前の騎士として生きていくって親父には言ってる。家族全員が納得してのことだ」

 そこでふと、俺はこいつのことが気になって、尋ねた。


「お前は?」

 聞くとヒメは驚いたように目をパチパチさせてから

「私は、今は先生の幸せのために生きてますから」

 そう言ってふにゃりと笑った。



 こいつは変わらない。

 5年前からずっと、シリルにひっついて回って、あいつにどんなに厳しくされても、優しい態度を取られなくても、決してあきらめない。

そういうへきでもあるのか?


 それがただのファン的な意味での好きなのか男として好きなのかは俺にはよくわからんが、ならこいつの幸せは誰が見つけ出してやるんだ?


「なぁ、もし仮に、万が一、あいつが誰かと幸せになったんなら、お前はどうすうんだ?」

 何も考えずに思ったこと全てがスルッと言葉に出してしまう、俺の悪い癖だ。

 ヒメは笑顔のまま固まってしまった。

 言った後にまずかったか? と内心冷や汗をかく。


 しばらく同じ表情のままのヒメにどう言葉をかけるか戸惑っていると「もし」とヒメの方から言葉を紡いだ。


「もし、先生が幸せになるのを見届けたら、私はどこかの国にでも旅に出て【生きていく】予定ですよ」


「一人で……か?」

「……えぇ」


 今確信した。 

 ファンとか、そんなじゃない。

 こいつは──本気でシリルを愛してるんだ。

 


「なら、お前がもしいなくなったら、俺が探してやるよ」

 俺の頭を介すことなく出た言葉に、ヒメは小さく「え?」とこぼした。


「突然いなくなったとしても、必ず見つけ出してみせる」

 ヒメのローズクォーツの瞳を捉え、静かに言葉を送る。


 ポカンと開いた口が愛おしく、すぐにでも奪ってやりたくなるが、俺は生徒には手を出さねぇって言ったばっかだしな。


 俺はヒメの目の前に片膝をついて跪き、軽く右手を取る。


 あの日のように。

 白い手の甲にそっと口付ける。

 頭上からヒメの息を飲む音が降る。


「どうせ結婚する気もねぇし、俺はお前の騎士だしな。だから、騎士の誓いとは別に、もう一つ誓ってやるよ。お前がいなくなったとしても、俺が探して見つけ出してやる」

「レイヴン……」

 ローズクォーツの瞳に俺の顔がくっきりと映り込み、ゆらゆらと揺れる。

 くそ、可愛いな。


「可愛い生徒に誓うのも、悪くねぇだろ?」

 思考を読み取られないように悪戯っぽく言ってやると、ヒメは眉を少しだけ下げ、頬を赤く染めて

「レイヴンがカッコよく見えます……!!」

 となんか失礼なことを口走った。


「今更気づいたのか? 俺は最初からカッコイイ男なんだよ」

 そう言うと、ヒメの顔に笑顔が咲いて、月明かりの下、二人で笑い合った。


「いくか」

「はい」


 誓いを胸に、ゆっくりとまた歩き出す。


 そして送り届けたところで過保護なシリルによって延々と説教を受ける羽目になるのだった。


 ────俺がな。


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