第一回女子会「先生は受けキャラです」
「お邪魔しまーす!!」
その日の夜、私とクレアは寮にあるメルヴィの部屋にお呼ばれして、彼女の部屋で夕食を食べることになっていた。
女子会、というやつだ……!!
食堂で大量にせしめた食料をバスケットに詰めて、彼女の部屋へと訪れる。
「いらっしゃい、ヒメ。どうぞ」
メガネの奥でにっこりと微笑むメルヴィに部屋の中に通され奥へと進むと、クレアがテーブルについてグラスを並べていた。
「遅いわよー、ヒメ」
「すみません。先生がなかなか離してくれなくて」
先ほどまでの押し問答を思い浮かべて、私は苦笑いを浮かべる。
バスケットからサンドウィッチやサラダ、チキンを取り出し並べていくと、あっという間に少し小さめのテーブルの上は食べ物で一杯になった。
「それでは、いただきまーす!」
両手を合わせてから私はサンドウィッチに手を伸ばす。
「ヒメのその食前の言葉って独特よね」
「えぇ。私たちには馴染みがありませんわね」
不思議そうな顔でまじまじと私を見るクレアとメルヴィ。
この世界では食前の「いただきます」の概念がない。
胸に手を当て、心の中で鬼神様への感謝の言葉を述べるのが一般的だ。
「これはですね、命をいただくことになる食材への感謝と、作ってくれた人への感謝の意味なんですよ」
と教えると、二人は興味深そうに「へぇ」と声を上げた。
異文化コミュニケーション、大事。
そんな他愛のない会話を楽しみながら、私たちは食事を進めていった。
「で? ヒメ、あんたクロスフォード先生とはどこまでいってんのよ?」
皿がちらほらと空いてきたころ、クレアがニマニマしながら私に聞いた。
「どこまで、というのは?」
「だーかーらー!! チューぐらいしたの?」
「ブフゥゥゥゥッ!!!」
クレアから出た言葉に、私は飲んでいた食後の紅茶を勢いよく噴出させる。
「ちょっ!! 何やってんのよ!!」
「す、すみません、つい……」
言いながら私は、浄化魔法で吐き出したものを綺麗に消して浄化した。
「で、どうなんですの?」
メルヴィまでがじっと私の目を見ながら、ずいっと顔を前のめりにして聞いてくる。
どこの世界も女子はこの手の話題が好きなんだなぁ。
「私と先生は、そんなのじゃないですよ」
ははは、と乾いた笑いを出しながら、私は否定した。
「いや、そんなじゃないわけないでしょ。入学式にはなんだかいい雰囲気でアイコンタクト取ってたし、朝食も一緒に来てたり、さっきだってあんた言ってたじゃない。なかなか離してくれなかったって」
これは……盛大な誤解を受けている。
私は先生が好きだ。
一人の男性として、愛してしまっていると、はっきり言えるほどには。
でもそこは決して表に出してはいけない。
だからいつものように、私は【推しへの愛】を叫ぶ。
悟られないように。
「あ、あぁ、あれは、同じ部屋に住んでいるからですよ。先生の続き部屋が私の部屋なので。“夜に出歩くのは危険だ。やめておけ”って言って、なかなか外出許可が出ませんでした」
私が眉間に皺を寄せて、先生のモノマネを交えつつ言うと、ピシッと音を立てて二人が固まった。
「え……クロスフォード先生の部屋に、一緒に住んでんの!?」
「あれ? 言ってませんでした?」
なんだか雲行きが怪しい。
メルヴィなんて笑顔のまま微動だにしない。
「言ってないわよ!! それで本当に何にもないわけ!? 襲われたりしてないの!?」
「ブフゥゥゥゥッ!!」
私はまた紅茶を盛大に噴出させた。
「は!? お、おそ……!?」
先生が?
え、私が?
おそう?
どっちが!?
一瞬だけ【妖艶な先生に迫られる自分】を想像してしまった私は、その破壊力にもはやパニック状態になっていた。
「あのクロスフォード先生に限って、それはないですわ。どちらかというと、襲われる側ですわよ」
やっと動きを見せたメルヴィが眼鏡をきらりと光らせて言った。
彼女の言葉に今度は【頬を染めながら私に襲われる先生】を想像した私はゴンッと鈍い音を立てて勢いよく机に突っ伏した。
「ちょっ!! 大丈夫!?」
クレアが背中をさすってくれる。
「は、はい、なんとか……。すみません」
言いながら私はなんとか身体を起こし、自分が噴出させたものを再び浄化魔法で消し去った。
「先生が受けキャラなのは認めましょう……。でも本当、今の私は【推しの幸せ】だけを願って生きている身なので、先生とどうこうなろうなんてそんな大それた夢見てませんよ」
「ふ〜ん。ま、いいわ。何か進展があったらすぐに知らせなさいよね」
じとっと視線をロックオンしたまま言うクレアに、私はただ笑って誤魔化した。
「そういうクレアやメルヴィはどうなんです?気になっている人とかいないんですか?」
私は、私から話を逸らす作戦に出た。
色々変わってきているとは言っても、クレアは聖女であり【マメプリ】のヒロインだ。
きっと私の知らないロマンスの一つや二つや三つや四つあるに違いない。
そう思っていたが次の瞬間私の期待は難なく崩れ落ちた。
「私はいらないわね。他人の恋バナ聞いてる方が面白いし」
あっけらかんとしてクレアが言う。
【いない】ではなく【いらない】と言ったか、この聖女……!!
「面白いって……。じゃメルヴィは?」
「私は……実は婚約することになっていますの」
「「婚約ぅ!?」」
突然投下された爆弾発言に、私とクレアの声がハモった。
「だ、誰なの!? 相手は!!」
「同じクラスのラウル・セントブロウ様ですわ。大司教様のお孫様ですの」
「大司教様の!?」
「えぇ。まぁ、完全なる政略結婚ですわね」
貴族にはよくあることです、とにこりと笑うメルヴィに、私はなにも言えなくなる。
「メルヴェラはそれでいいの?」
クレアがメルヴィの顔を覗き込んで尋ねると、彼女はまたにこりと笑って頷いた。
「えぇ。もともと体が弱く、結婚できるかどころか、生きているかすらも怪しい身でしたもの。それに、一度顔合わせでお会いしてお話ししたきりですけど、おだやかで優しげなお方でしたので……。私、あの方とならやっていけそうですわ」
なんだかんだと幸せそうなメルヴィに、心が温かくなる。
産まれてからずっとたくさん苦しんできた分【生きて】幸せになってほしい。
私はそんな思いを胸に、メルヴィにふにゃりと笑いかけた。
「素敵ですね」
「ふふっ。夏には婚約披露パーティを開く予定ですの。招待させてくださいね、二人とも」
「えぇ、もちろん」
私はふと掛け時計に目をやる。
「あ、もうこんな時間。そろそろ私帰りますね」
あまり遅くなるとうちの推しの頭にツノが生えてしまう。
そうなれば私は正座の状態で延々と先生のお説教を聞く羽目になる。
いや、先生との時間がもらえるのはご褒美ではあるのだけれど。
その代わり足の細胞が死ぬ。
「送っていくわ」
そう言って立ち上がるクレアに、私は首を横に振って彼女の肩に手を置き、制止する。
「大丈夫ですよ。私の部屋のある校舎はすぐ隣ですし。すぐですよ」
そう言って私はスッと立ち上がる。
「ヒメ、あんた自分の幸せもちゃんと考えなさいよね」
「はいはい。おやすみなさい、クレア、メルヴィ」
心配性なクレアに曖昧な返事を残して、私はメルヴィの部屋を後にした。
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