炎に包まれて


「よーし、皆つかめてきたみたいだな」

 生徒たちが次々に力を出現させることに成功し始めたその時。


「わ、うぁっ!! なんだ!?」」

 焦ったような声が練習場に響いた。


  声のする方を見ると──


「マロー!!」

 マローが自身の手のひらから出現させた炎の渦に包まれるところだった。


 そしてあっという間に炎は彼を音を立てて飲み込んだ。


「チッ……魔力暴走だ!! 皆、離れてろ!!」

 レイヴンは生徒たちを自分の後ろへ避難させてから生徒たちの塊に結界を張る。

 そして手のひらをマローの方へ向け、滝のような水を出して消火にかかるが、魔力は暴走を続け完全に消えることはない。


 レイヴンの放った水の塊によってできた空間からチラリとマローが見える。

 まだ彼に火は移っていないようだが、時間の問題だろう。

 私はすぐにレイヴンの隣に立ち並ぶ。


 近くなった炎を見た瞬間、私の頭の中に今朝の夢のように業火に包まれる様がフラッシュバックする。

 すぐにあの恐怖が蘇るが、今は恐怖におののいている時ではない。

 感情を振り切るように私は首を大きく横に振った。


「レイヴン先生、これ以上炎が大きくならないように、そのままマローに水魔法と、あと氷魔法を交互にかけ続けてください!! 私が行きます!!」

「は!? お前何を」

「よろしくお願いしますね、レイヴン」

 有無を言わさぬ声でにこりと笑ってから、私は水魔法で自分に水の膜を張って、轟々ごうごうと燃え盛る炎の中に飛び込んだ。


「お、おい!! くそっ、わかったよ!! こっちは任せとけ!!」



────


 炎と熱風入り混じる渦の中、うずくまるマローの姿を見つけて駆け寄る。


「マロー!! 無事ですか!?」

「ヒメ!? なんで……」

 まさか私がくるとは思わなかったのだろう。

 惚けた顔で私を力なく見るマロー君。


「助けに来ました!! 今、水魔法でマローの身体にも保護をかけますね!!」

 言いながら私はマローの身体に手をかざし、水魔法で膜を張る。

 薄い水の膜がマローの身体をコーティングしていき、マローは驚いた様子で自分の手を握ったり開いたりしている。


「これで少しは大丈夫です!! それよりこの力をコントロールしますよ」

「へ!? うぁっ!!」

 そう言って私は未だ炎を出し続けるすす汚れたマローの両手を引いて自身の両手で包む。

 途端に四方を囲んでいた炎は手の中に収まり、訓練場の青々とした芝生が顔を出した。


 私の手の中で炎が暴れるが、水魔法による保護のおかげで多少熱いものの、火傷をすることはない。


 そしてマローの魔力を押し込めるように、自分の両手に魔力を流した。


「わかりますか? 私の魔力」

「あ、あぁ……うん。なんか、ぐいぐい押してくる」

 両手を食い入るように見ながら、マローが言う。


「そうです。押されるがままに、魔力を少しずつ小さくしていきましょうね」

「小さく?」

「んー、そうですねぇ、自分の中の扉を一つずつ閉めていくような感じです」

 私がそう言うと、マローは目を閉じてじっと集中し、深呼吸を一つ落とす。

 すると少しずつ、私の手を押し返していた炎は力を弱め、しばらくすると熱さも消え、魔力暴走は収まっていた。


「ヒメ、マロー!!」

 名前を呼びながら私達二人の元へ走るレイヴン。

「怪我は!?」

 必死の形相で私の腕や顔をペチペチと触るレイヴン。

「大丈夫ですよ」

 私が安心させるようにレイヴンの手を取って言うと、少しだけ眉を下げ安堵の表情を浮かべる。

「そうか、よかった。マロー、お前は?」

「俺も。ヒメが来てくれたから」

 そう言って短く答えたマローが私を見てから力なく微笑む。

 マローの答えを聞いてうなづいたレイヴンは、背後で固唾かたずを飲んで見守る生徒達に向き直り口を開いた。


「皆、今日の魔法の授業はここまでだ。昼食挟んで、各自次の授業に備えといてくれ。解散」

 そう言うと、生徒達はぞろぞろと訓練場から出ていく。

 そんな生徒達の群れから、クレアとメルヴィ、ジオルド君とアステルが私たちの方へと歩いてきた。


「ちょっとヒメ!! あんた大丈夫?」

 クレアが私の右手を掴んで言う。

「怪我とかしてないだろうな!?」

 ジオルド君はジオルド君で、私の左手を掴み上げて怪我を確かめていく。


 心配性のお姉さんとお兄さんのようだ。

 私の方が年上だけど。


「っ!! おい、怪我してるじゃないか!!」

 ジオルド君が声をあげる。

「へ?」

 私はジオルド君が掴んでいる手を見ると、確かに少し赤くなっているが、やけどでもなんでもなく、少し熱さにやられただけだ。

「ジオルド君、大丈夫ですよ、火傷ではないので」

「お前なぁ」

「心配性ですねぇ、うちの弟は」

「僕が兄なんだっ!!」


 ほのぼのと言う私に、声を荒げるジオルド君。


「まぁ、怪我がなくてよかったよ。ったく、無茶するやつだな、俺のお姫様は」

 レイヴンが私の頭を撫でながら言った。

「すみません、ご心配をおかけして」

「俺も、すみません」

 私と一緒にマロー君も謝罪の言葉を紡ぐ。


「気にすんな。最初は時々あるんだよ、魔力暴走って。まぁ怪我がなくて何よりだ。んじゃ、俺はフォース学園長に一応報告に行くから、お前らは適当に昼食って、次の授業に備えろよ」

 私の頭の上に置いたままの手でガシガシと乱暴に撫で上げ、レイヴンは訓練場を後にした。


「私達も行きましょう」

 メルヴィが眼鏡をクイッと上げながら言った。

「そうね」


「あ、先に行っていてください。私は一応、マローに治癒を色々かけてからいきます」

 陰りのあるマローの顔を見た私は、二人に先に行くように促す。

 二人は私の意図を汲んでくれたのか「わかったわ。早くきなさいよね」と言ってから揃って訓練場から出て行った。


「じゃぁ僕たちも行く。ヒメ、後になってどこか痛くなったりしたら、すぐに兄上に言うんだぞ? いいな?」

 そう念を押してから、ジオルド君もアステルを連れて昼食に向かった。


 

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