初授業と大きくなった彼ら


「おっし、皆集まれー」

 やってきたのはグローリアス学園の魔法訓練場。

 だだっ広い芝生しかないこの訓練場は、もし万が一魔法の暴発などがあっても被害を最小限におさえられるように、結界が張ってある。



 私はずっと聖域での修行だったので、ここで魔法を使うのは初めてだ。


 レイヴンの周りにSクラス一年生と、騎士科の生徒たちが集まる。

 朝会ったばかりのセレーネさんがこっちをものすごい形相で睨んでいるが、見なかったことにしよう。


「今日は騎士科の生徒と合同だ。騎士科とはいえ、魔力制御は必須だからな」


 騎士科は主に騎士になるための訓練を行なっているが、いくつかの授業は普通科と合同で行われる。


 開花した魔力をきちんと制御するためにも、最低限の魔法の勉強は必要だからだ。


 私は冬休み中のクロスフォード家で読んだ入学案内の紙でそれを知って、ジオルド君と一緒に授業を受けられることを喜んだが、ジオルド君には嫌がられた。

 嬉しいくせに。

 私は少し離れたところにジオルド君の姿を見つけて、小さく手を振る。

 すると彼は驚いた顔をして、すぐに顔をふいっと逸らしてしまった。

 照れ屋さんめ。


「初日の授業では、さっき言ったように魔法の制御を学んでもらう。15歳の魔力検査で各々自分の適応属性については理解しただろう。それを表にして使って見るぞ」


 なんだかレイヴンが先生みたいだ。

 実際先生なのだけれど。


「まずは、そうだな。力のめぐらせ方だ。皆、自分の利き手の手のひらを上に向けた状態で前に出してくれ」

 

 言われた通りに利き手の手のひらを上に向けて前に出す。


「その手のひらに、自分の中のもの全部が集まっていくようにイメージするんだ」


 私はすでに10歳から魔法を使っている分、すぐに手のひらの上に小さな雪だるまを出現させた。

 見よ、これが私の氷魔法の限界だ。


「さすがヒメね。私なんて全然、力の巡りとかわかんないんだけど」

 クレアが難しそうに眉を顰めて自分の手のひらを見る。


「できましたわ!!」

 隣で声があがり、メルヴィの方を見ると、彼女の手のひらからポロポロと土が溢れ出していた。

 どうやらメルヴィは土属性のようだ。


「すごいです!! メルヴィ!!」

「やったじゃない!!」

 私とクレアが喜びの声をあげる。

「お!! メルヴェラ、すごいじゃねぇか!! よくやったな!!」

 レイヴンがそれを見て誇らしげに笑った。


 ゲームでは彼女の属性は語られていない。

 15歳を迎える前に死んでしまったからだ。


 本当ならこの場にいるはずのなかったメルヴィが、この場所に存在し自分の属性魔法を操り、そしてそれを嬉しそうに見つめるレイヴンを見ることができるなんて。


 その笑顔を見ることができただけでも、彼女の未来を変えることができて良かったと思う。


 考えているうちに、ちらほらと成功の声が上がる。


「ん〜、できない」

 クレアが脱力して、芝生の上に足を投げ出しながらストンと腰を落とす。


「クレア、大丈夫ですよ」

 言いながら私は、彼女と目線を合わせるように芝生に膝をつき、彼女の両手を取った。

 そして自分の魔力を巡らせ、クレアの手をとる自分の手に集める。


「あったかい……」

「これが私の魔力です。では次に、私の魔力を感じる方に向かって、クレアの魔力を流し込んでみてください。私の魔力が、クレアの魔力に会えるのをここで待っていますよ」

 そう言うとクレアは真剣な表情で頷き、私と自身の手をじっと見つめて集中する。

 

 しばらくすると私の手に、私のものではない魔力の暖かさがじんわりと広がってきた。


「初めまして、ですね、クレアの魔力さん」

 私はふにゃりと笑うと、そのままゆっくりと彼女の手を離した。


 するとクレアの手のひらから小さな黄金の光が出現した。


「で、できた!!」

「はい。おめでとうございます。聖魔法ですね」


 今はまだ小さいが、暖かく柔らかな光。


「ありがとうヒメ!!」

 クレアがバッと私に抱きつく。

 珍しくデレたクレアに嬉しくなって私もギュッと抱きしめると、隣でメルヴィが「あらあら、では私も」と言って私たち二人を抱きしめた。


 友達と学園生活を送るってこんなに楽しかったんだ。

 青春って素晴らしい。


「お前ら、何やってるんだ?」

 低くツンと尖った声が呆れ気味で声を飛ばす。


「ジオルド君!! 会いたかったですっ!! 入学式ではお会いできなくて残念でした」

 言いながら私はジオルド君に抱きつきに行くと、顔面を5年前よりも大きくなった手のひらで鷲掴みにれ、阻止された。


「僕は入学式、騎士科で良かったと心の底から感じたよ。副団長にエスコートされて、兄上にも視線を送られて、フォース学園長にも大声で名前呼ばれて。目立ちすぎだ馬鹿」


 5年の間に彼も大きく変わった。

 前は同じくらいの身長だったのに、今や私より頭一個分ぐらい高いし、声は低く落ち着いた声になった。

 変わらないのは口の悪さとツンデレ具合くらいだ。


「大体、お前は普段から──」

「でた、姑の嫁いびり……」

 私がぽつりと呟くと、ジオルド君の隣から大きな笑い声が響いた。


「くっははははっ!! 姑って!! 嫁いびりって!! っはは!!」

「笑いすぎだアステル」


 ジオルド君の影から出てきたのは、孤児院にいたあの騎士に憧れる少年アステルだ。


 彼も大きく成長した。

 伸びた焦茶色の髪は一つに束ね、ガッチリとした身体を揺らしなが笑う彼は、今年騎士科に無事入学したようだ。


「ジオルド君、アステルとお友達になったんですね」

「友達?」

 訝しげに眉を顰めるジオルド君に「友達だろ、ジオルド」と笑いながらも小突くアステル。

 ジオルド君もやめろと言いながらも満更ではなさそうで、なんだかほっこり嬉しくなる。


「なぁヒメ、俺にもさっきのやってくれよ。なかなかできなくてさ」

 言いながら両手を私に差し出すアステル。

「はい、いいですよ」

 ふにゃりと笑って私は彼の手を取る。

「お、おい!!」

 ジオルド君の声が聞こえた気がしたが、集中して私は先ほどと同じように手のひらに魔力を流す。


「すげ。あったかい」

「じゃぁここを目印に、ゆっくりでいいので身体の中の魔力を流してみてください」

 私がそう言うとアステルは「んんっ」と小さく唸りながら力をこめていく。

 それでも一向に流れてくる気配のない魔力に私は苦笑いする。

「アステル、肩の力を一回抜いちゃいましょ。魔力、肩に全部籠っちゃってますよ」

「お、おぅ」

 短く返事をしてから一度大きく深呼吸するアステル。

 すると少しずつだが私の手のひらにピリピリとした振動が伝わってくる。


「来ました。手、離しますね」

 私がアステルの手から自分の手を離すと、アステルの手のひらには小さなビー玉ほどの雷の玉が出現していた。


「出た!! すっげー!! ありがとなヒメ!!」

 目をキラキラさせて自分の出現させた雷の玉を見ながら、アステルが私に感謝を述べる。

「どういたしまして、です」

 ふにゃりと笑って返すと、ジオルド君が不機嫌そうに私の手を取ってパッパとホコリでも払うかのように私の手のひらを叩いた。


「お前な。簡単に男の手を取るな馬鹿」

「アステルですよ?」

「アステルも男だ馬鹿」

「もう、うちの義弟は過保護なんですから」

「お前が僕の義妹なんだ馬鹿」


 多少過保護気味で多少ツンメインのツンデレなのは先生とよく似ている。

 さすが半分は血の繋がった兄弟。


「ジオルド君はもう出現できました?」

「僕を誰だと思ってる? 出来たに決まってるだろう馬鹿」


 馬鹿が多い。


 ジオルド君の属性は氷だ。

 羨ましいことに先生と同じ。


 今年の冬はジオルド君にもシロル先生5号を作る手伝いをしてもらおう。


 5年目の冬。


 全てが動き出す時。

 私のタイムリミットでもある。


 あと一歩なのだ。

 エリーゼを甦らせる魔法のために必要な魔力は、すでに私には備わっている。

 だがそれもギリギリだ。


 今のまま、もし甦りの魔法を使えば私は魔力が枯渇こかつし、命を落とすだろう。

 それではだめだ。


 先生は優しい。


 きっとエリーゼが生き返ったとしても、その代償として私が死ねば、また彼は心に大きな傷を負ってしまうだろう。


 私は自分の命と引き換えに誰かを助けるなんてことは絶対にしない。

 私は、何があっても、生きる。


 そしてエリーゼが生き返って、先生と一緒になった暁には、この国を去ろうと思っている。


 二人の愛し合う姿を見続けられるほど、私の心は鋼でできてはいないから──……。

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