憧れと、新たなワンコ志願者
先ほどまでの生徒たちの群れが去り、私とマローの二人だけがこの広い訓練場に立ち尽くす。
私は早速マローの手を取り、治癒魔法でマローの軽いかすり傷を治した。
「ハァ〜、俺ってカッコ悪いねー」
芝生の上に足を投げ出して、マローがため息と共に吐きだす。
「皆初めてなんです。大丈夫ですよ」
「……でも、皆はこうはならなかった」
俯いたマローの横顔が苦しそうで、私は思わずマローの隣に腰を下ろして天を仰いだ。
どこまでも澄み渡る浅葱色の空を、鱗雲が薄く彩る。
暖かな風は頬を撫でるようにゆるりと吹き、その心地よさに瞳を閉じた。
「──マローは魔力が最初から大きかったのでしょうね。それと、魔法を早く使いたいって思いが強すぎた。違いますか?」
私が言うと、マローは驚いたように私の顔を凝視してから「はぁ〜……」と長いため息をつきながら芝生の上に寝転がる。
「お前、なんでわかるの? エスパーか?」
参った、と言わんばかりにマローが右手で自分の顔を押さえる。
「私がそうでしたからねぇ。経験談です」
「お前が!?」
そう言うと、マローが勢いよく起き上がって私を見る。
「10歳からすでに魔法が使える天才だって、兄貴が言ってたお前が!?」
驚きに目をパチパチと瞬かせながら言うマローに「はは」と乾いた笑いをこぼしてから、私はまた空を仰ぎ見る。
「私は、そんな天才じゃないですよ」
静かにそう言って、私はまた柔らかな風を感じる。
「私もね、最初の修行で魔力暴走させちゃったんです。しかもね、氷以外の属性を全部まとめて一気に暴走させたんですよ」
5年前の初めて魔力操作を習った時のことを思い出して苦笑いをうかべる。
「全部!? お前、全属性持ち《オールエレメンター》なのか!?」
「はい。氷属性はとても魔力量が少ないんですけどね。レイヴンとクロスフォード先生、二人がかりで止めてくださいました」
聖魔法が当たりを包み込んで魔法を活性化させる中、風魔法によって巻き上がる炎と水の嵐。
雷が私を取り囲み、土は波打ち木々を揺らし、闇魔法で出現したブラックホールが全てを吸い込もうと口を開ける。
──まさに地獄絵図だった。
「その時の私と同じだと思ったんです。マローは。私も、ずっと焦って、急いで生きてきた。早く使えるようにならなきゃって。……まぁそれは今も変わりませんが、初めての魔力操作だったからこその暴走だったのでしょうね」
「そっか……お前も……」
そう言って私と同じように空を仰ぐマロー。
どこまでも遠く限りなく続く空を見ていると、なんだかずっと誰かに見守られているような気がして心地良い。
時折そよぐ風も、それに揺れる伸びた芝も、全てがまるで小さな子供を包み込んでくれるかのような暖かさだ。
しばらく二人でそうして空を眺めたのち、マローがぽつりと話し始めた。
「俺さ、レイヴン先生に助けられたことがあるんだ」
「レイヴンに!?」
「あぁ。3年ぐらい前に、両親と馬車に乗り混んだところを、フードを被った変な奴らに襲われてな」
「!!」
私は目を見開いて彼を見る。
やっぱり、物語はその行くべきルートをたどっていた。
クレアと私を攫った奴らはもう捕まっているから、おそらく彼らの仲間か何かだろう。
「数人に取り囲まれて『聖女を連れて来い』って言われて、魔法を放たれそうになったところを、レイヴン先生が現れて一撃で倒してくれたんだ。それから騎士団が以前よりも見回りを強化してくれた。もしあの時レイヴン先生がいなかったら……、俺の両親も俺も死んでたかもしれない。だから俺、レイヴン先生に憧れてるんだ」
自分の力に自信のなかったレイヴン。
そんな彼が、誰かをその力で助けて、彼を慕う人が現れる。
彼の力が認められる。
誰かが誰かの力になる。
私はレイヴンが積み重ねたものが報われた気がして、胸に熱いものが広がる。
「だからさ、俺、レイヴン先生みたいに魔術師になりたいんだよ。で、魔術師団である2番隊に入って、レイヴン先生みたいに誰かを助けたいんだ」
そう言ったマローの目がキラキラと光を帯びて輝く。
憧れが導いた若者の未来。
「マロー、それなら、焦る必要はないです。だって、あなたにはまだ時間があるんですから。2年後、卒業の時までにしっかりと炎を扱えれば良いんです。あなたの魔法は、まだあなたを見つけたばかりでしょう?」
そう言って私は、マローの頭を撫でた。
すると彼の爽やかな顔が一気に色づいていく。
「っ……、そう、だな。うん。……ありがとう、ヒメ」
ぽつりと小さくつぶやいたマローに、私はふにゃりと微笑む。
「な、ヒメ。俺もワンコ希望かも」
「え!? な、なんで!? 却下ですっ!! 私はブリーダーじゃありませんーっ!!」
「あっはは。よし、じゃ、そろそろ行くか。昼ご飯、食いっぱぐれるぞ。メルヴェラ嬢たちも待ってるだろうし」
立ち上がってマローが私に笑顔で手を差し伸べる。
私はその手をぐっと掴んで立ち上がり
「はい! 行きましょ!」
と笑って歩き出した。
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