モテモテのグローリアス学園入学式


 黙っていれば色気ダダ漏れの煌びやかな男性であるレオンティウス様にエスコートされて会場入りした私は、予想通り、注目の的だった。


「あらあら、ヒメったらモテモテねぇ」


 他人事のようににこやかに笑って、私の黒髪を撫でる。

 

「私じゃなくて、レオンティウス様が、ですよ。そしてあれはなんなんでしょう……」

 会場入り口近くに陣取っている、数人の騎士たち。


 あれは……


「おー! ヒメーー! おめでとーー!」

「転ぶなよーー!」


 最近準騎士から騎士に上がったばかりのジャン・トルソと、セスター・アラストロが大声で声をかけてくる。


 彼らは5年前のあの事件から、それはもう血の滲むような努力を重ねた。

 あの日傷ついた私の姿が彼らの戒めになったようで、着実に力をつけていった二人は3番隊内でも幹部候補とも噂されている。


 その周りにいるのも、時々一緒に魔物退治に出かけている見知った騎士たちだ。

 

 保護者席、在校生席、新入生席から視線が集まる。

 やめてくれ、ほんとにやめてくれ。


 俯いて羞恥に顔を染め、プルプル震える私に、レオンティウス様が苦笑いしながら肩に手を置く。


「今日の会場の警備なのよ、奴ら。ヒメの晴れ姿を見たいからって、会場警備係争奪戦が行われてね、勝ったのが彼ら、ってわけ」


 ま・じ・か。

 なんだ会場警備係争奪戦て。


 注目を浴びるのが恥ずかしくて、でも仲間たちが祝ってくれる気持ちは嬉しくて、熱を帯びた顔のまま私は彼らに手を振った。


「さて、ここからは新入生席のクラス別に座るのよ。ヒメはSクラスだから、こっちね」

 そう言って向かって右側の列を指さす。


 この学園には3つのクラスがある。


 1つはSクラス。

 伯爵位以上の貴族や、聖女や神官などの特殊な身分・家系の人間が集まるクラス。


 2つ目はAクラス。

 伯爵位以下の貴族や、貴族並みに魔力を有している平民のクラス。


 3つ目は騎士科。

 別名騎士養成所とも言われている、騎士になるためのクラス。


 私に爵位はないが、異世界から来たという特殊な境遇とその力、そしてクロスフォード家が後見を務めていることからSクラス入学が決まった。


「じゃ、私は保護者席で見守ってるから、しっかりね」

 そう言ってウインクを一つ飛ばすと、レオンティウス様は会場出入り口側の保護者席へと消えていった。


「今の、副騎士団長のレオンティウス様よ」

「素敵~~~。私もエスコートされたい」

「あの子、レオンティウス様のなんなのかしら?」


 そんな声があちらこちらから聞こえてきて居心地の悪くなった私は、キョロキョロと知った顔がないか視線を動かす。


 そして新入生席に見知った顔を見つけて、嬉しそうに大きく手をあげてブンブンと振る。


「メルヴィ!!」


 薄いメガネをかけ、ブラウンの髪を左右で三つ編みにした少女、メルヴェラ・シードがそれに気づき、頬をピンクに染めて小さく手を振り返す。

 

 公爵令嬢であるメルヴィは、貴族らしい足首までの長い丈のスカートを摘んでカーテシーをする。


「ヒメ! 御機嫌よう。お久しぶりですわね」

「お久しぶりですメルヴィ」

 短いスカートの端をちょこんと摘んで、私もカーテシーを返す。


「ヒメ!」


 跳ねるような声がして、遠くからかけてくるのは──


 空色の髪を両サイドを長く整え、後ろ髪を肩までで揃えている立派なもみあげの少女。

 

 この乙女ゲーム「マーメイドプリンセス」のヒロインでもある聖女クレアだ。


「モミ子!!」

「誰がモミ子じゃい!!」

 平手で私の頭を勢いよく叩くモミ子……もとい、クレア。


「クレア、ごきげんよう」

「あぁ、メルヴェラ、久しぶりね」


 私の身体強化メソッドを実践していったことですっかり体力のついたメルヴィ。


 メルヴィは私に誘われて神殿で保護されているクレアのもとに何度か足を運ぶうちに、クレアとも打ち解け、友好関係を築くことになった。


 最初は平民と公爵令嬢という天と地ほどの身分の差に恐縮していたクレアも、間に入っている私を見ているうちに、身分を気にすることが馬鹿らしくなったらしい。

 言いたいことはズバズバと言いツン強めのツンデレなクレアと、おっとりした典型的貴族令嬢のメルヴィ。


 絶対に分かり合えなさそうな二人だが、間にいつもただ元気に先生への愛を語る私がいるが故に、その均衡が保たれていた。


「モミ子も聖女だからSクラスですよね?」

 

「だからモミ子じゃないって言ってるでしょ。そうよ、あんたたちと一緒。あんたねぇ、私の近くで、あんまバカばっかしてんじゃないわよ。恥ずかしいから」


「ふむふむ。メルヴィ、モミ子は『ヒメやメルヴェラと一緒で嬉しくて舞い上がってバカなことしてしまいそうで、恥ずかしいわ』って言ってます」

「勝手に変な通訳してんじゃないわよ!」


 わいわい盛り上がりながら、3人並んで席に着く。


 会場には続々と人が集まり、教員席に教師たちが入場してくる。


 私にとっては五年間お世話になった、家族のような教員たちだ。


 レイヴンが入場の際にこちらに向かってウインクを飛ばし、一体が黄色い声に包まれた。


「もう、お兄様ったら……」

 恥ずかしそうに顔を両手で覆うメルヴィ。

「あはは……レイヴンらしいですね」

 苦笑いでメルヴィの肩をポンポンと慰めるように叩く。



 そして最後に入ってきた男に、会場は一層ざわめきに包まれた。


 漆黒に身を包んだ、銀髪にアイスブルーの瞳の美しい騎士団長。


 シリル・クロスフォードその人だ。


 眉一つ動かすことない無表情で入場してきた彼は、ふと横目でその瞳に黒髪の少女の顔を映した。

 一瞬、視線が交わり合って、私がふにゃりと微笑むとすぐに視線が逸らされた。


 そうしたざわめきは、次に入ってきた人物によって静寂を迎えた。


 姿は見慣れた10歳程の少年の姿ではなく、30代ぐらいの落ち着いた雰囲気の男性だが、その緑の髪と穏やかな深緑の瞳、尖った耳は変わらない。


 人とは違う雰囲気を醸し出し、舞台中央の演説台へと威厳たっぷりにゆっくりと歩いていく様は、玉座へ向かう王のようだ。

 それでいて偉そうではないのは、彼の纏う独特の穏やかさのせいだろう。


「新入生の皆、入学おめでとう。学園長のフォースだ。君たちはここで二年間、魔力の制御や使い方、騎士としてのあり方、剣術、様々なことを学ぶことになる。だけど、忘れてはいけないよ。学ぶだけが学校ではない。ここでしか出会えなかったであろうこの縁を大切に。学園生活を楽しんでほしい」


 そう言って優しく微笑むと、会場から大きな拍手が飛んだ。


 それを右手を軽くあげて制し、再び静寂を作る。


「このグローリアス学園の中は基本的にどこも自由に歩いてもいいよ。放課後や休日には王都に買い物に出てもいいだろう。ただし、森の中、聖域から奥は立ち入り禁止だ。そう、このセイレの城があるからね。決して近づいてはいけないよ。まぁ、近づこうとしても、森の住人達が黙っていないだろうけれど」


 森の住人。

 私は聖域で5年間毎日修行をしているけれど、いまだに出会えたことがない。


 フォース学園長曰く、彼らは恥ずかしがり屋さんらしい。

 だから、せめて聖域を借りている御礼として、修行終わりには必ず、森の住人達の好物であるクッキーやケーキ、ミルクなどを日替わりで置いていく。

 最初は半信半疑だったが、初めて置いた翌日、平らな水晶の上に置いていたはずのクッキーがなくなっていた。


 その次の日も、そのまた次の日もそうだった。

 そうしてやっと、それは森の住人達が持っていっているのだろうと結論づけた。


「注意事項はそれくらいかな。では、皆が健やかにこの学園で学び育ってゆくことを願って」

 そう言ってフォース学園長が両手を大きく広げると、緑色の輝きがキラキラと出現し、新入生達の頭上に降りかかった。


「わぁ……」

「綺麗……」

 会場のあちらこちらから感嘆の声が上がる。


「さて、ではこのあとはクラスに移動して、担任の先生方の話をよく聞いてね」

 そこまで言って、フォース学園長は思い出したように「あ」と声を発する。


「ヒメ~。Sクラスのヒメ・カンザキ~。おーい」


 会場に響く私の名に、一部からは笑いが起こり(おそらくレイヴンや騎士達だろう)当の本人である私は顔を赤くして俯く。


 は・ず・か・し・い!


「ヒッメーーーー! 僕の可愛いレディ~」

「もう! やめてくださいっ! なんなんですかぁっ!」

 顔を真っ赤にして立ち上がり、壇上のフォース学園長を涙目で睨みつける。


「あぁ、そこにいたのか。小さくて見えなかったよ」

 人差し指と親指で豆粒でも摘んでいるような仕草でフォースが言うと、一部からの笑いは爆笑に変わった。

 解せぬ。


「学校が終わったら、学園長室においで、大事なお話があるからね」


 にっこりと有無を言わさぬいい笑顔で壇上から私を見下ろすと「じゃぁ、解散」と手をひらひらと振ってからスゥッと姿を消した。


「……ヒメ、頑張って」

 同情するようにクレアがぽん、と肩に手を置き、メルヴィが苦笑いする。

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