最後の攻略対象者


 3人揃ってSクラスの教室まで行き、扉を開けると、さすが貴族の令嬢令息の揃うクラス。

 皆上品そうにいくつかのグループに分かれて話をしている。


 貴族の子供はお茶会などで既に大体が知り合いになっているようだ。

 明らかに戸惑い浮いているのは貴族並みの魔力を得たがためにSクラスになった平民の子だろう。


 私が入室すると、一斉にこちらを向き、静かに様子を伺い始めるクラスメイト達。


 あの美貌の騎士団長シリル・クロスフォード公爵が後見についているのは、貴族の中ではもはや周知の事実。

 それに加えて麗しのオネエ、レオンティウス様にエスコートされ入学式に現れた事や先程のフォース学園長の声かけの効果で、完全に悪目立ちしている。


 入学早々なんてこった。


「お前らー。そんな怖い顔で見つめてちゃ、彼女達が入りずらいだろー」

 教室の後ろの方から声が飛んで、そちらに視線を向けると燃えるような赤い髪の少年がこちらを見ていた。


 少年はすたすたと一直線に私の前まで来て、右手を差し出す。


「俺はマロー。マロー・セリアだ。よろしく、【グローリアスの天使】殿」

 そう言ってニカッと笑う。


 マロー・セリア。


 彼こそ最後の攻略対象者だ。

 彼はクレアを誘拐した盗賊達 ー実際は隣国の魔術師だったがー に親を殺され、闇堕ちするはずだった。

 先生達が奴らを捕らえてくれたがため、その未来は消え去ったのだろう。


 私が知るゲームのマローは、もっと目を隠すように赤い髪が伸びていたし、ボソボソと喋っていてこんな爽やかキャラではなかった。

 これが本来の彼で、変えた未来の影響か。


「よろしくお願いします、マロー。私はヒメ・カンザキです」

 私はふにゃりと笑ってその差し出された手をとる。


「でも、なんでその呼び名を?」

 グローリアス学園の生徒のみに語り継がれる、あまり嬉しくない異名の数々を思い出す。


【グローリアスの勇者】

【グローリアスの変態】

【グローリアスの亡霊】

【グローリアスの天使】


 私はただ先生の素晴らしさを布教して回っているだけなのに、騎士団ではよく

「おはよう【勇者】」

「今日も変態活動してるか?」

 など声をかけられる。


 解せぬ。


「ハハッ。俺の兄貴、騎士団の騎士なんだよ。お前、5年ぐらい前に魔物退治で負傷した5番隊の騎士助けただろ? それ、俺の兄貴」


 私は頭の中で記憶をたどる。


 5年前。

 魔物退治で。

 5番隊。


 この5年で、何度も実践経験を積むために騎士たちに混じって魔物討伐に出かけた。

 怪我の治療も何度も行なった。

 でも5年前となると、あの一度だけだ。


「もしかして、傷パックリで毒に浸ってた、フロルさんのこと?」

 私の中で5年前に治療した青年の顔がよみがえる。


「うん、その覚えられ方は兄貴も本意じゃないと思うな」

 苦笑いしながマローが自身の赤い髪をかく。


 5年前、初めてヒーラーたちの前で治療したあの青年、フロルさんは、あれから時折私の顔を見るたびに「【天使殿】!!」と尻尾を振りながら駆け寄ってくる【ワンコ2号】である。

 1号は言わずもがな……。


 そういえば、爽やかなブルーの目元がよく似ている。


「そういえば、弟が入学するって言ってました。てっきり、騎士科だとばかり……」


 まさかフロルさんの弟がこの攻略対象者マローだったとは思わなかった。

 ゲームではマローの両親がクレアを攫った盗賊に殺されたということしか出てこなかったから。


 念のため、セリア伯爵家の様子を時折見てもらうよう、レイヴンにはお願いしていた。


 未来は少しずつだが変わっている。

 

 でもそれは私の知らないことが起こる可能性を示唆していた。

 だから、確実にご両親が無事であるように頼んでいたのだ。

 その後どうだったかはレイヴンからは聞いていないが、この様子では何事もなく無事だったようだ。


「うちは代々騎士の家系だけど、俺、魔術師になりたくてさ。両親説得して普通科に通うことになったんだ」

 白い歯をのぞかせて爽やかに笑うマロー。

 笑顔が眩しい。


「おっと、何してんだ? ヒメ」

 突然背後から聞き慣れた声が響く。


「レイヴン」

「ほれほれ、皆、席につけー。担任がきたぞー」

 緩い掛け声と共に教室に入り、ずいずいと教卓の前へと進んでいくレイヴン。

 私の前を横切るとともに、ウインクをさりげなく落としていくことも忘れない。


 私は急いで空いている席へと座った。

 3人がけの机に私とメルヴィとクレア。

 そしてその前がマローとメガネの男の子が座っている。

 レイヴンは私たちが座ったのを確認してからニッと笑顔を浮かべ、口を開いた。


「よし。皆座ったな。俺はレイヴン・シード。このクラスの担任だ。神魔術以外の授業は基本的に俺が受け持つことになる。2年間、よろしくな!!」


 レイヴンが言い終わると生徒席から拍手が起こる。

 もちろん私も大きな拍手を送った。


 この学園は2年間担任がかわらない。

 ついこの間2年生を送ったレイヴンは、次は私たち一年生を受け持つことになったのだ。


 私は10歳からずっと彼にも魔法を教わっているので、学ぶのが一対一でなくなるだけで日常的にはあまり変わりがなさそうだ。


「授業は明日からだ。今日はこれから俺が学園内の案内をする。それが終わったら各々自由行動だ。寮の荷解きをするなり、交流を深めるなり、学園を探索するなり、好きに過ごしてくれ。んじゃ、学園案内ツアーに出発だ」


 何回もそのツアーをやっているだろうレイヴンが1番ワクワクしているようだ。



 私以外の生徒たちは皆、グローリアス学園に隣接している塔にある寮で生活することになる。

 寮の中には皆で寛ぐことのできるサロンや、遊戯室などもあるらしく、少し羨ましい。


 学園案内ツアーに行くために立ち上がる生徒たち。

「私たちも行きましょう」

「そうね。憧れの学園内、楽しみだわ」

 メルヴィとクレアがガタンと立ち上がり、私を連れて生徒たちの列に混ざっていく。


「おっと、ヒメ」

 唐突に自分の名前が呼ばれ、周りからの視線が一気に集中する。


「お前は案内はいらねぇだろ? フォース学園長に呼ばれてるんだ、そっちに行っとけ。俺と一緒にいたいっていうんなら、あとで部屋に行ってやるからよ」

 誤解を招く言葉にざわざわと騒ぎ始める生徒たち。


「わ、私は、クロスフォード先生一筋ですっっっ!!」

 居た堪れなくなった私は、もはやお決まりとなった先生への愛を叫んで逃げるようにその場を後にした。

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