【SIDEシリル】とある騎士団長兼教師の変化ージオルド・クロスフォードー
今日は私が彼女を殺した日だった。
ともにフォース学園長のもとで腕を磨き、学び合った妹弟子。
毎年前日から何も考えることもできずただ呆然と過ごすのに、今年は違った。
昨日今日でいろいろな事が起こりすぎて、感傷に浸る暇などなかった。
そして、何年も悩んできたのが馬鹿らしいくらい、この一日で、それも一瞬で悩んでいたものが決着してしまったのだ。
昼間のカンザキの様子が脳裏に焼きついて離れない。
桜色の目はほんのりと赤みを帯び、鋭い刃のような光が宿っていた。
とても大人びた表情と口調で、レイヴンもレオンティウスをも圧倒していた。
この私ですら、息を飲んだ。
そして昨夜感じた違和感。
『優しい、二人でしたよ』
あの違和感は、きっとそれが過去形だったからだ。
まさか、亡くなっていたとは……。
はぁ……、あの時、帰りたいかと問うた自分を殴ってやりたい。
そして気になるのはあの名前。
セナ。
私の知る限り、そのような名前の人間はあれの周りにはいない。
となると、元の世界の住人か。
兄妹か何かだったのだろうか。
それとも恋人?
そこまで考えて、得体の知れぬ不快さに思考を止めた。
すると
コンコン……と控えめなノックの音が耳につく。
「入れ」
短く言うと、入ってきたのは昨夜と同じく、黒のネグリジェに身を包んだ少女だった。
だが少し、様子がおかしい。
俯き加減で、私の目を見ようとしない。
立っていても仕方がないので「座れ」とソファへ促す。
「はぁ……昨夜も言ったはずだ。こんな夜遅くに男の部屋をたずねるなと」
言いながらも昨夜のように彼女の小さな背中に私が羽織っていた羽織をかけると、俯いていた視線が上向き、幸せそうにふにゃりと笑った。
……あぁ……。
この表情だ。
なぜだかこれの、この微笑みに安心を覚える。
「ありがとうございます」
「礼を言うのはこちらだ。君が寝ている間、拙いながらも二人で会話をすることができた」
彼女の隣に腰掛け、じっと桜色の瞳を見る。
「私は何もしていないですよ! 酔っ払って寝ていただけで」
しゅん、と反省しているかのように再び俯いたカンザキ。
本当に覚えていないのか……。
「いや、私とジオルドに、その酔っ払いは説教をしてくれた」
思い出すと、少しだけ頬が緩むのが自分でもわかる。
あの説教は強烈だったな。
すると彼女は、私を見て、大きな瞳をさらに大きく見開いて固まった。
よく見ると彼女の顔がほのかに色づいているのがわかる。
「どうした? 顔色が……変だ」
「へ、変って! 女性にそれは失礼ですよっ! 先生がカッコ良すぎるのが悪いんですっ!」
とぷくっと頬を膨らませる彼女は、いつもの彼女だ。
だからか、それに安心した私は、つい、言葉にしてしまった。
「……君の両親は……なくなっていたのか?」
すると彼女の時が……止まった。
まずい。
ストレートに聞きすぎたか。
すぐに私は、先ほど言ってしまった言葉を後悔した。
「言いました……っけ?」
「酔っ払って説教をしている時に……チラリと。……すまない。無理に聞き出すつもりはない。忘れてくれ」
笑顔を固まらせたままこちらを見るカンザキに、彼女の地雷だと気づいた私はすぐに忘れるように言うが、意外にも彼女は首を横に振った。
「おおかた、私が勝手にこぼしちゃったんでしょう。先生が謝ることないですよ。はぁ、やっぱり余計なこと言ってましたね、私。実は、今日ここにきたのは、何か変なこと言わなかったか気になったからなんです」
少しだけ眉を下げて力なく微笑む少女は、消えてしまいそうに脆く見えた。
何もかも悟ったような、大人のような顔。
時々彼女は、そんな表情をする。
「7歳の時でした。二人とも同時に。それからしばらく養護施設に入って、大学入学とともに一人暮らしを始めました。……私ね、養護施設の先生になりたかったんです。私みたいな子達のお世話がしたくて。だから大学や通信教育でたくさん勉強してました。保育・教育関係、心理学、看護の勉強も」
妙にリアルな告白。
まさか……本当に20歳の大人の女性だった……のか?
脳裏に、少し前のハロウィンパーティで老け薬で大人になった彼女が思い出される。
曖昧に近い確信。
だが、だからメルヴェラ嬢への処置や治療後のアドバイスがあんなに的確だったのかと納得する。
孤児院での子ども達の扱いを見ていても、とても慣れているようだった。
「なのに、帰りたいとは……」
「思いません」
私の言葉を遮り、彼女は力強く言った。
意志の強い目だ。
「だって、憧れのクロスフォード先生に会えたんですもの。なら私は……あなたの幸せのために生きたい」
私の……幸せ。
十分だ。
ジオルドと互いに歩み寄ることができた。
罪を犯した私には、私には十分すぎるものだ。
頭をよぎるのは、ブロンドの髪と青い目を持つ女性の姿。
そしてもう一人。
黒い髪に赤い目をした小さな小さな少女の姿。
「それに、私にはこれもありますし」
と、懐から取り出したのは────
金色の鈴が二つついた、赤い飾り紐。
「それは?」
「母が亡くなる前にくれたんです。お守りだって。ずっとずっと、大切にしていて……。これがあるから、私はどこにいても平気なんです」
そう言って鈴を抱きしめた彼女は、静かに笑っていた。
「で……、他には何も……私、言ってませんでした?」
探るような目で私を見る彼女は、おそらく“セナ”のことを言っているのだろう。
聞いても……、いいのだろうか?
そう思いながらも、口をついて出てきたのは「何も」という短い言葉だった。
するとカンザキは、「そうですか」と安堵したように肩の力を抜いて笑った。
それが何だか面白くなくて、少しだけ意地の悪いことを言ってみる。
「だが、ジオルドを殴っていたぞ。拳で。綺麗なストレートだったな」
そう言うと、青ざめ固まる少女。
プルプルと震えて、まるで子ウサギのようだなと思う。
あぁ、やはり、この小娘には、こちらの方が似合う。
単純な子どものようなこのくるくる回る表情が。
「わ、私、なんてことを……」
「大丈夫だ。兄弟喧嘩は兄弟の特権、なのだろう?」
「それは兄弟の話であって、私は違いますからっ! これじゃただの暴力女ですよ!」
「ジオルドは君を妹認定していたぞ?」
初めて見た義弟の楽しそうな表情を思い出して、目を細めると、カンザキが目の前で膨れっ面を披露していた。
「ぶ〜〜、私の方がお姉さんなのにっ」
「ふっ……明日から、ジオルドの指導、せいぜい頑張ることだな」
また明日から、色々と考える暇もないほど、騒がしい日々が続くのだろうかと考えると、自然と頬が緩んだ。
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