【SIDEシリル】とある騎士団長兼教師の再生2〜ジオルド・クロスフォード〜

 次の日も、その次の日も、カンザキはジオルドに付き纏った。

 その度に突き放され、貶され、罵倒され、それでも彼女は諦めなかった。


 どこまででもついてくるカンザキに、逆に恐怖を感じたジオルドは隠れるという術を覚えたが、ロビーとベルという最強の二人を味方につけた彼女にことごとく見つかり、捕まっていた。

 

 少しだけ同情する。


「で、まだつきまとってんのか? ヒメのやつ。ほっときゃ良いのに」

「諦めが悪いのは、ヒメのいいところよ」

「ストーカー気質とも言うがな」


 テラスで私、レイヴン、レオンティウスが、庭で(一方的な)鬼ごっこをするカンザキとジオルドを見ながら紅茶を啜る。


「ヒメは一直線で可愛いわねぇ。あんただってそう思ってるんでしょ?」

 レオンティウスに問われ、私は眉に力を込め顔を顰める。


「……可愛い云々はともかく、あれの言葉や行動に疑問を抱くことはあるが、不快とは思わない」


 むしろ……。

 いや、考えるのはよそう。

 ニヤニヤとした顔でこちらを見ているレオンティウスから視線を外し、駆け回る子ども達に視線を送る。


 一見のどかなひと時のようだが、ジオルドは本気で嫌がっている。


「ジオルド君!! 今日こそ全部聞いてもらいますよ!!」

 

「いやだ!! 何で僕が兄上の素晴らしさを、よりにもよってお前なんかから延々と聞かされなきゃならないんだ!!」


「この間途中で逃げたでしょ? ここからが良いところなんです! 騎士団の方達も、この間やっと全て聞き終えたところでして。聞き終えた後はなんだか皆さん涙ぐんでらっしゃいましたよ。きっと先生の素晴らしさに感動されたんですね!!」


「人の話を聞け!!」




「……馴染んでない?」

 少しだけジオルドに同情しながらも、初日よりは距離感が近くなっているようには感じる。


 そしてカンザキの言葉で、冬休みに入る前の騎士たちのげっそりとした様子を思い出して合点がいった。

 彼女の『押し活』なるものの犠牲になっていたのだろう。

 はた迷惑な活動だ。


「ジオルドぼっちゃまー。ヒメお嬢様ー。そろそろお茶に致しましょう」

 ベルが呼んで

「はーい!! 行きましょ、ジオルド君!」

 カンザキがジオルドを引っ張りながらテラスに走ってやってきた。


 レオンティウスの前に置いてある、黄色い液体の入った瓶を見て目を輝かせるカンザキ。


「わぁ綺麗! 美味しそうですね! ジュース、ですか?」

「ふふ。子供はまだダーメ。お酒だからね。身体が冷え切っちゃってる時はお酒呑むと暖かくなって良いのよね〜」

 子ども相手に無駄に色気をばら撒くレオンティウス。


「私は見た目は子供、中身は大人なんです〜っ!」

 奴の隣に座りながら膨れるカンザキに、レオンティウスは「仕方ない子ね」と笑う。


「じゃぁちょっとだけ、紅茶にちょっとだけ落としてあげる。温まるわよ」

 そう言いながらレオンティウスは、彼女に用意された紅茶に黄色い液体を少しだけ混ぜてやる。

 確かに、体を温めるには効果的ではある。


「美味しい!」

「おっ、ヒメ、お前イケる口だな!」

「ふふ。お口にあったようでよかったわ」

 賑やかな3人を見て、居心地の悪そうにするジオルド。


 そして私は、意を決して彼に声をかける。

 しっかりと話をするために。

 私と、そして私の父の思いを彼に告げるために。


「ジオルド。今夜……」

 そこまで言って、言葉は遮られた。


 ガシャンッ!!!

「キャァ!」

 ベルの小さな悲鳴が上がる。

「ジオルド!!」

 ジオルドが立ち上がり、カップを床に叩きつけたのだ。


「僕は部屋に戻る。ベル、片付けておけ」

 ジオルドはひどく顔を歪ませて、割れて粉々になったカップだったものを見ながら冷たく言い放つ。

「お前! 良い加減に……!」

 レイヴンが立ち上がった刹那。


 ガンッ!!


 鈍い音とともに、ジオルドが後ろによろける。


 目の前では拳を突き出した状態でジオルドを睨みつける少女。

 何が起きたの理解できるまで、しばらく時間を要した。


「おまっ……!! 平民の女のくせに、僕を殴るなんて!」

 

 そう、カンザキがジオルドの左頬に右ストレートをぶつけたのだ。

 硬く握ったその拳で。


「平民は懸命に田畑を耕して貴族に税を納め、貴族は力を持つものたちとして、魔物や他国から平民たちを守る。互いに尊敬し合い、助け合っているこのセイレを、私は素晴らしい国だと思っていたわ」


うっすらと赤ずくその桜色に、誰もが目を奪われる。


「それでも平民を見下すクズはどこにでもいるようね。構って欲しくて駄々をこねて、思い通りにいかなければ癇癪を起こして自分から遠のいてしまう。まるで3歳児の駄々っ子みたい」

 

 妖艶に目を細める少女が、そこにいた。

 口調も大人びて、先程までのあどけない少女とは似ても似つかない。


「っ!! お前に何がわかる!! どうせ両親にたくさん愛され、友人に囲まれ、何も悩むことなくのうのうと生きていたのだろう!! お前の馬鹿面を見ていればわかる!! お前は……僕とは違う!!」

「死んだわよ!!」

 ジオルドの悲痛な叫びが轟いてすぐ、カンザキが声を張り上げる。


「え……?」


 ジオルドが視線を上げ彼女の桜色の目を凝視する。

 私も、レオンティウスも、レイヴンも。

 目を大きく見開いて、息をのむ。


「私が7つの時に二人とも」

 無機質な声だけが響く。


「どんなに足掻いても、あなたは親を変えることはできない。親を生き返らせることも、自分がジオルド・クロスフォードであることも、変わることのない現実よ。私が……“セナ”にはなれなかったように……」


 声のトーンを落としてつぶやいた最後の言葉。

 それでも確かに、私たちには聞こえていた。


 セナ。

 初めて聞く名前と、彼女の泣いているかのような悲痛な面持ちに、大人達の視線が絡まり合う。


 そしてカンザキはガッとジオルドの胸ぐらを掴み上げた。

 

「親が何よ!! あなたにはあなたを大切に思ってくれるお兄ちゃんがいるじゃない!! 悩みながらも真剣に向き合おうとしてくれている、素敵なお兄ちゃんが!! 先生の気持ちも知らないで、一人でひねくれてんじゃないわよ!! グジグジ言う前にあんたも向き合いなさいよ!!」

 一気に捲し立てると、今度は私にその桜色が向けられる。


「先生も!!」


 ジオルドの服から手を離し、ゆらりゆらりと近づくカンザキ。

 そして私の服を両手で思い切り掴み上げる。


「ヒメ!! 何を……!!」

「黙ってなさい駄犬!!」

 止めようと駆け寄るもいつもとは似つかぬ程の低い声に一喝され足を止めるレイヴン。


「先生、あなたが思ってるほど、10歳って子どもじゃないの!! たくさん考えて、でもまだどう声にして良いかわからなくて、もがいてる時期なの!! あなたの中で答えは出てるでしょ? 後はそれを、不器用でも自分の言葉で声に出すだけなの!! 言葉は……言葉を……生むん……だか、ら……」


 声の勢いが緩やかになり、彼女はそのまま力が抜けたようにふらりと私の方へと倒れ込んだ。


「っ!!」

 私は倒れ込んできた彼女をしっかりと抱きとめる。

「おいどうした!?」

 慌てて駆け寄るレイヴン。


「スーー……」


 聞こえてくるのは微かな寝息。


「……寝ている」


「は!?」


 そして彼女の飲んでいたカップを見る。


「この小娘……酔ってたな」

 顔を引き攣らせながら腕の中ですやすや眠る少女を見る。


「んもう! ヒヤヒヤしたじゃないの!」

「少量でも、ヒメに酒は禁止だな」

 脱力する大人たち。



 そして私はカンザキをレオンティウスに預け、ジオルドに近づき、彼をまっすぐ見つめた。


「ジオルド。私の言葉が足りず、君を不安にさせた。すまない。だが決して、疎んだことなど一度もない」

 そう言って私は、懐から一枚の手紙を差し出す。


「父上が亡くなってすぐに見つかった手紙だ。おそらく、戦いに赴く前に書いたのだろう」

 差し出された手紙をジオルドはおずおずと開く。

 

 そこには丁寧な字が言葉少なに書いてある。


『シリルへ

 私亡き後、次の騎士団長となり、国を、城、民を守れ。

 お前には十分にその力がある。


 そして喪が明けると同時に、お前が離れに隠している少年をこのクロスフォードに迎え入れなさい。

 私には、それがどうしてもできなかった。

 どうも、そこまで私は妻のことを愛していたらしい。

 私ができるのは、お前が彼を助けているのを気づかぬふりをすることだけだ。

 だからどうか、彼に手を差し伸べてやってくれ。

 お前と彼に、幸あれ』



 短い手紙だが、これを見つけてすぐに、どんなに父が葛藤していたのかが窺い知れた。


 愛していたから、妻の幸せを祈って迎えにはいかなかった。

 愛していたから、妻の裏切りの証であるジオルドを見ることができなかった。

 愛していたから、妻の子供でもある彼を、放り出すことはできなかった。


 だから託したのだ。

 同じく母を愛し、義弟であるジオルドを受け入れようとする私に。



「兄上……僕も、ごめんなさい。たくさん、困らせて。母さんのしたことはひどい裏切りだ。その証である僕は、兄上に嫌われて当然だと……。でも、やっぱり一人で生きるのは僕には寂しくて……」

 グレーの目に涙を溜めて、彼は言う。


 こんなにも小さな身体で、自分のものではない罪と向き合ってきたジオルド。

 私は悩んでいるだけで何もしてやることはできなかった。


 ぽん、と私はジオルドの頭上に自分の黒に覆われた手を置く。


「嫌いになどなるわけがない。お前は、私の唯一の弟だ」


 少しだけ緩んだ表情に、ジオルドは大きく目を見開き、流れる涙をそのままにして

「はい……兄上!!」と笑顔を返した。


 ここから築いていこう。

 たくさんのものたちに繋がれた、私と、義弟の関係を。

 

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