【SIDEレオンティウス】とある副騎士団長の逆鱗
カナレア祭で、例の聖女とヒメが攫われた。
なんで?
聖女はともかく、あの子になんの需要があるっての?
可愛いから?
黒髪は珍しいけど……それでもまぁたまにいるわ。
でもあのローズクォーツを散りばめたような不思議な瞳。
……欲しがる人間は多そうね。
「全隊員揃いました」
「よし、今よりコルト村へ転移する」
シリルがそう言うと、床に敷かれた魔石入りの転移陣から光が溢れ、私たちは全員、その場からコルト村へと転移した。
────
疑惑の井戸はすぐに見つかった。
深く掘られた底に、よく見ると水が少し溜まってる、なんの変哲もない小さな井戸。
「ここね?シリル、ヒメの痕跡、ある?」
シリルが黒い手袋越しに井戸に触れる。
「微かに、小娘の魔力の痕跡がある。おそらくここだ」
さすが騎士団長ね。
触れただけで隠された痕跡がわかるなんて。
副騎士団長でも魔力をほとんど持たない私とは大違い。
「行くぞ。レオンティウス」
いつもより硬い声。
あなたも、必死にはやる気持ちを押し込めようとしてるのね。
私も同じ。
あの子が大切だもの。
いつの間にか現れて、いつの間にかなくてはならない存在になっちゃって……。
全く、罪な女ね。
「えぇ。1番隊、半数はここに残って。あとは続きなさい」
号令をかけ、シリルに続いて深い井戸の中に飛び込む。
すると予想通り。
吸い込まれるようにして転移したのは大きな古びた屋敷。
「行くぞ」
「言われずとも」
ついて転移してきた一番隊の半数の半数を屋敷周辺に配置し、退路を塞ぐ。
中に入ると、一階は静かで誰もいる気配がしない。
気配があるのは……。
「私は二階へ行く。君と1番隊は」
「地下ね。任せてちょうだい。」
私は数人の野郎どもを引き連れて、地下に降りた。
すると──
「誰だ!?」
牢屋の前にはフードを深めに被った男が3人、牢の前のテーブルを囲んでいる。
テーブルの上にはお酒。
んまぁっ!!
うちのお
いいご身分ね。
牢屋の中をチラリと横目で確認すると、一人の女の子が座り込んで震えてるのが確認できた。
この子がパン屋の聖女ちゃんね。
聖女ちゃんが無事な様子に安堵しつつも、うちの大事なヒメがいないことに焦りを感じざるを得ない。
まさかーー。
「あんたたち、ヒメをどこにやったの?」
自分でも無意識に、声は低くなる。
「お前たちに言う義理はない!」
そう言って男たちは手をこちらにむけ、魔法の詠唱を始めた。
「水よ」
「おっそい!!」
ヒュンッ!!
ゴッ!! バタン!! シュッ!!
私は風の適応者だけど、魔力量は小さい。
公爵家の人間のくせに、それこそ平民並みに。
でもだからこそ、体術と剣技は誰よりも鍛えてきたつもりよ。
私の、初恋の彼女との約束のためにね。
普段、訓練にもかかわらず無詠唱で魔法剣使ったり、全基礎属性の魔法次々にぶっ放してくるシリルやレイヴン相手にしてるから、奴らの動きは私には遅すぎた。
一人を投げ飛ばし気絶させ、片手でもう一人の腕を捻りあげ、片手で最後の一人の首元に剣を添わす。
オネエ、ナメんじゃないわよ。
トンッ、トンッ。
自分でも抑えきれない怒りを携えた瞳でまだ意識のある二人を睨みつけ、手刀で意識を失わせた。
「後でゆっくり、聞かせてね?いろいろと」
「さて、こいつら捕縛して、連れて行って」
控える部下たちに捕縛を命じて、私は牢の扉の前に足を進め
ガンッ!!
硬いブーツを履いた右足で思いっきり蹴り飛ばした。
あら、脆いわね。
「大丈夫? お嬢さん」
水色の髪の子の目線までしゃがんで、できるだけ優しく声をかける。
「っは……はい、ありがとう……ございます」
震えてる。
まぁ、怖かったわよね。
昨日からずっとこんな暗いところにいたんだもの。
見たところ外傷はなさそうだけど……。
観察していると女の子がすごい勢いで私の両腕を掴んで縋り付いてきた。
「騎士様!! 上に、上にあの子がいるの!! 昨日からずっと、傷だらけで……。血がいっぱい出てて……。あの子を、ヒメを助けて!」
ヒメが……傷だらけ?
血が……?
落ち着け、取り乱すな。
頭が真っ白になりそうな自分を叱咤して、私は女の子に微笑む。
「大丈夫よ。上には、この国で1番強い男が行ってるわ。安心なさい」
すると力が抜けたように、女の子はその場にへたり込んだ。
「この子をコルト村へ」
私は騎士に彼女を任せると、すぐに二階へと駆け上がった。
騒がしい音が聞こえてくる。
あぁ、あそこだ。
開け放たれた扉の先には──
「ヒメ!!」
ベッドしかない薄暗い部屋。
血まみれでシリルに抱えられるヒメの姿があった。
あぁ──……
だめだ。
私は自分の腰元の剣を緩く握る。
「シリル。地下は制圧したわ。パン屋の子も無事よ」
そしてその緩く握った剣を引き抜き、駆け出そうとしたその時。
ふわり……
「そうか、ご苦労。ではレオンティウス、これを、頼む」
暖かな温もりが、丁寧に私の腕に手渡され、うねり出そうになる殺意の邪魔をする。
ヒメ……。
こんなに傷だらけになって……
視線をシリルに移すと、彼の目は強く光を帯びていた。
まるで、落ち着け、と言われている気がした。
そしてそれは一瞬にして片がついたわ。
さすがは我が国唯一の魔法騎士。
剣と魔法。
単体ずつで戦うのではなく、融合させて剣を振るう魔法騎士は、彼ただ一人。
主犯であろう男の口だけでなく鼻まで氷で覆ってしまおうとするシリルの無表情の狂気に、背後に応援として到着した騎士たちの息を飲む声が聞こえる。
いや、あんたが1番落ち着きなさいよ。
「シリルだめよ!! 後で色々聞くんだから、息だけはさせといて!」
冷静になった頭をフル稼働させてシリルを諌める。
「……チッ……捕縛」
いや、チッ、じゃないわよ。
まったく。
それからようやく、腕の中の温もりに「ヒメ、もう大丈夫よ。よく頑張ったわね」と声をかけた。
それに答えるように彼女は笑った。
その後すぐに奪い去られちゃったけど。
まったく、忙しい男ね!!
あぁ、でもあなたが無事でよかった。
あなたは、光だもの。
たった数ヶ月の間に皆の心に光を灯してくれた。
私はほっと息をつき、緊張を解く。
でもそれと同時に、私には彼女に対して、一つの疑惑が生まれていた。
その疑惑が確信に変わるのはまだまだ先のこと。
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