私の帰る場所

 

「うあぁぁぁぁぁ!!」


 止めどなく与えられる激しい痛みに顔を歪める。


 チラリと窓の外に朝日が映り、ようやく今が朝なのだと気付く。

 

「っはぁっ……はぁっ……」

 

「まったく、聖女殿は随分と強情なようだ」

「はあっ……」

 私は肩で息をしながら、男を睨みつける。


 

「ふっ、生意気な目だ。……聖女殿。子供とはいえ、女に言う事を聞かせるにはどうすべきか、わかるかな?」

 ニヤリと笑ったその口元に、私のかろうじてあった血の気がサッと一気に引いていくのがわかった。

 

「おや表情が変わったね」

「私の純潔を奪えば、聖女ではなくなるんじゃないですか?」

 震える腕に力を込める。

 

 

「いやいや、問題はないよ。聖女はその資格を魂に刻まれているからね。誰かのものになったとて、力が失われるわけではない」

 

 グッと顎を持ち上げられる。

 

 止まれ。

 私の震え。

 耐えろ。

 私の身体。

 私は顔をこわばらせながらも、男を睨むことをやめない。 

 

「その美しい紅水晶が堕ちるのも、時間の問題だ」

 下卑た笑みを浮かべながら、私は中央のベッドに乱暴に放り投げられた。


「きゃぁっ!!」


 ギシッとベッドが軋み、埃が舞う。


「セイレの王族に気づかれる前に全て終わらせて帰らねば」


 

 彼らは王族がもういないことを知らない?

 わずかに残った思考が動く。

 


「さぁ、始めようか」


 ミシミシと音を立てながら男がベッドの上に乗り、私の上に覆い被さる。


 嫌だ。

 怖い。

 先生──っ!!

 


「っ……!!」

 目を瞑り男から顔を背けたその時。



「────」


 何?

 


 ピクリ……耳を澄ます。



 小さく音が聞こえた気がした。

 

 

 それは微かな希望の足音。


 

 きっと、そう。



 大丈夫。

 私の心は、まだ戦える。



 ベッドに縫い付けられた私は再び目を開き、自身の上から覆い被さる男を睨みつけ、掠れる声で言った。


「何をされても……っはぁっ……私があなた達にくだる事など────っないわ!」



 刹那────



 バンッ!!!!


 

「なっ!! なんだ!!」


 文字通り凍りついた扉が勢いよく吹き飛ぶ。



「カンザキ!!」


 

 ────愛しい人が、そこにいた。


「せん……せ……!!」



「っ!!」

 組み敷かれた私の姿を見てから、先生は大きく目を見開いて、そして、表情を無くした。



 

 シュルンッ!


「ぐあぁっ!!」



 先生の手のひらから繰り出された氷のつぶては、私にのしかかっている男に命中し、先ほど飛ばされた扉の如く、勢いよく飛んでいった。



 ふわり──……



 私の身体が浮き上がり、ヒュンッと音を立てて先生の元へ飛ぶと、私は細くも逞しいその腕にしっかりとおさまった。


 血まみれで、服も所々に破れた私の姿を見て顔を歪ませた先生は、すぐに自分の漆黒のマントを脱いで私の肩にそっとかけてくれた。


 あぁ、暖かい。

 先生の優しい匂いがする。


「ヒメ!!」

 レオンティウス様が必死な形相で駆けつける。


「シリル、地下は制圧したわ。パン屋の聖女ちゃんも無事よ」


 あぁ、無事でよかった……

 あの子の声を、心を、守ることができた。


 レオンティウス様のその言葉に、私は安堵の息をこぼす。



「そうか。ご苦労。ではレオンティウス、これを、頼む」


 そう言って先生は、マントで包んだ私を、まるで壊れものを扱うかのようにそっとレオンティウス様に預けると、ゆっくりと立ち上がった。



 アイスブルーの瞳が鋭く男たちを射る。


「これに、何をした?」


 剣を抜いて真っ直ぐに振り下ろし床に突き立てた瞬間、シュルシュルと音を立てて、剣先から氷が広がる。

 

 それは一瞬にして領土を広げ、ベッド周りの男たちの足を捉える。


 すごい……。

 これがセイレ唯一の【魔法騎士】の力……!!


 先生は凍てついた目で睨みつけながら、ベッドの上の男に歩みを進める。



 そしてぐっと襟元を掴み上げると「ひっ!」と男の声が漏れる。


「これに、何をした? と聞いている」


 締め付ける力を強め、無表情に繰り返す。

 掴まれた首が徐々に凍っていき、男の口元を覆う。

 それは鼻の下までに達する。

「ふっ……口が聞けなくなってしまったな。次は鼻だ。息は……あぁ、しなくてもいいか」



 よ・く・な・い!!

 落ち着いて先生、私無事だから!!

 止めようにも、喉の痛みで声は微かなささやきになって届かない。


 今すぐにでも止めにいかなきゃいけないのに体が動かない。

 もどかしく伸ばした手は届かない。

 その時。

 

「シリルだめよ! 後で色々聞くんだから、息だけはさせといて!」私を抱き抱えたままレオンティウス様が大声で叫んだ。


「!!」

 その声にぴくりと反応した先生の肩。

 レオンティウス様の声が届いたみたいだ。


「……チッ……捕縛」


 先生が舌打ち混じりにそう言うと、床から伸びた氷はキラキラと輝き消え去り、代わりに水の輪が男たちの身体を拘束した。


「連れて行け」

 先生の未だ温度のない声が指示を出すと、控えていた騎士たちが素早く動き、男たちを連れて行った。


「ヒメ、もう大丈夫よ。よく頑張ったわね」


 レオンティウス様が腕の中の私に安堵の表情を浮かべながら微笑む。

 それに応えるように、私は小さく微笑んだ。


 タッタッ……


 静かな革靴の硬い足音が近づく。


「……無事……か……?」


 レオンティウス様の腕から奪うように、先生は私の身体を腕に抱いた。


 あぁ。

 ここだ。

 私は、ここに帰りたかった。


 泣きたくなるほど暖かい場所。


 珍しく伏し目がちに弱々しく聞く彼に、私は掠れた声を振り絞る。

 

「言ったじゃ、ないですか……私の帰る場所は……っ……『ここ』。ただいまです──先生」



 ふにゃりと笑う私を見て、先生が安堵したように、微かに笑ったように見えた。



「おかえり。────バカ娘」




やっぱり私は……この人が好きだ。



いや、違う。



愛してるんだ────

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る