【SIDEシリル】とある騎士団長兼教師の焦燥


「では、聖女の件はそのように」

 大司教が白く長いヒゲを撫で付けて言う。


 これで不審な動きを見せ始めたグレミア公国から聖女を保護することができる。


 先日確認されたという聖女は、聞けばまだ10の子どもで、魔力も開花していないという。

 その時が来るまで、どこの国も干渉することのできない、セイレの王族の庇護下にある神殿で保護してもらうのが一番だ。


「ではこれで、今日の会議は解散とする」

 朝から続く長い会議が終わり、ふぅ、と息をつき力の入った眉間をもみほぐす。

 ふと窓の外を見ると、空は既に深い闇色をしていた。


「そういえば、聖女が見つかったっていうコルト村ってヒメが行ってる所よね?」


 レオンティウスが何気なく発した言葉に、妙な胸騒ぎを感じざるを得ない。


 あの小娘、聖女があの村で見つかったことを知っていた……?

 

 渡されたカップに口をつけ思考の海に沈みかけたその時。

 

「何あれ」


 会議室の窓を通り抜けて、青い鳥の形の紙が翼を羽ばたかせ私の元に舞い降りた。


「それヒメの魔法じゃないか!えっと……あれだ。鶴の恩返し!」

 レイヴンが覗き込んで言う。

「……」


 何だそのセンスの欠片もないふざけた名前の魔法は。

 

 だが確かに、これはあの小娘のものだ。

 先日レイヴンの家に行くことを告げにきたあの鳥。

 あの時はすぐに紙は開いて、メッセージが書いてあった。

 

 だがこの青い鳥は、開くことなく私の手のひらに乗り、掠れた呼吸音が聞こえてから、あの小娘の声が部屋中に響き渡った。




 “色とりどりの花の雨が降る

 街も森も 華やぎ踊る

 音が聞こえる 囃子の歌が

 暗い水の底にも


 幾重に重なる闇をも跳ね除けて

 音は囁く 言の葉を聴きながら

 桜の花は咲いています


 あなたを待ち侘びています

 私が帰る場所 その腕の中 焦がれながら 夢を見る”




 何だ、これは……


 小さくも透き通る歌声が耳に心地良い。


「綺麗な歌声ね」

「あぁ」

 思わず口をついて出てきたのは、穏やかな肯定の言葉だった。


「この歌、魔法じゃねぇか?メルヴェラを治してくれた時、あいつ魔法を歌に乗せて使ってたんだよな」


 歌で魔法を?


 4ヶ月指導した中で、そのような素振りは一度も見せなかった。


「桜の花、って何かしら」

「……あぁ、ここらではない場所で馴染みのある花らしい」

 ふと以前交わした会話を思い出す。

 あれは、彼女がここに来たばかりの頃か。



────



『君のその目は遺伝か?』

 珍しいそのローズクォーツの瞳が気になって、聞いたことがある。


『黒目だったのに、この世界に転移したらこの色になってました。目の色が桜色って、なんだか不思議です』


 聞き馴染みのない言葉に『桜色?』と聞き返す。


『私の目の色みたいな花ですよ。大きな木に満開の桜。風がふくと桜の雨が降って、少しの間しか咲かないその命を、誇り高く堂々と咲いて、見る人の心に忘れないものを残してくれる……。この目より、もう少し色は白っぽかったりするんですけどね』


 思い出すように目を細める少女をじっと見やる。


『さくら、というものはこの世界にはないが、ずっと、ローズクォーツのようだと思ってはいた。珍しい色だ』


 いつもとは違って静かな小娘にいたたまれなくなったのか、いつもより言葉多めに話してしまった。


 すると少しだけ驚いたように目を見開いてら、嬉しそうに、笑った。


『恋愛の石、ですね。嬉しいです』



────



 あぁ、そうだ。

 彼女は────桜だ。

 桜の花が、咲いている?


 朝の言葉がふと耳によみがえる。


『大丈夫です。私、先生が幸せになるのをみるまで、いえ、幸せになった後も死ぬつもりはないですから。何があっても。それに、何かあったらすぐに先生が来てくれるでしょう? ……私が帰る場所は、何があっても、誰がなんと言おうと『ここ』なんです』



 カンザキに……何かあった?

 手のひらの鳥をあらためて見ると、所々、青い紙が赤黒く染まっている。

 これは……血痕……?


 それが意味するものに気づいて、サッと自分の中の何かが冷たくなるのを感じる。


 

 バンッッ!!



 勢いよく扉が開かれる。


「失礼します!! 伝令です!! コルト村に派遣していた第3番隊より、村の西側の森に魔物の群れ多数出現!! 現在応戦中!!」


 嫌な予感は当たった。


 彼女も巻き込まれたのか?


 考えたのも束の間、次に放たれた言葉により、私の思考は一時停止をやむなしとされた。


「その間に、ヒメ・カンザキ嬢、及び、聖女であるパン屋の娘が何者かに攫われたもよう!」


「!!」

「ヒメが!?」

「護衛はどうした!」


 声が、ぐるぐる回る。

 思考がまとまらない。


 ではやはりこれは──血、なのか……?


 最悪の事態が頭によぎる。

 刹那、手のひらの青い鳥が静かに羽ばたき、声を出せずにいる私のかさついた唇に口付け、消えた。


「!!」

 冷静になれ。

 あの小娘は、死ぬつもりはないと、ここに帰ってくると言っていた。

 きっと大丈夫だ。

 自分に言い聞かせる。


「伝令ご苦労」

 短く言ってからまた思考を巡らす。


「くそっ!! 攫われたって、いったいどこに……?」

 レイヴンが苛立ち、拳で机を叩く。


「先程の歌……おそらく彼女からのメッセージだろう」

「犯人にわからないように、歌で場所を教えようとしたってところかしら? 血痕のような色が混ざっていたってことは、大なり小なりダメージを受けている可能性が高いわね」


 レイヴンとは違い、務めて冷静に思考を巡らせるレオンティウス。

 それに頷き、思い出しながら歌を解いていく。


「色とりどりの花は、おそらくカナレア祭。賑やかなその音が聞こえる場所、ということか」

「暗い水の底にも聞こえてるってことは……水の底にヒメがいるってことかしら?」

「湖、か?」

「だが、あのあたりには湖なんてないぞ」

 私が言うと、レオンティウスとレイヴンが頭を抱える。



「クロスフォード騎士団長」としゃがれた声が私をよぶ。


「大司教」

「あの村には近くに湖はありませんし、池もない。遠くの池から水を引いてはおるが、その池にまでは音は聞こえますまい。じゃがな、村のすぐ外に、小さな井戸があったはずですじゃ」


「井戸の中?」

「!! 幾重に重なる闇、もしかしたら、井戸に複数の魔法がかけられてるんじゃない?」

 レオンティウスがそういうと、レイヴンがふっと顔を上げた。


「複数の魔法がかかった井戸……まさか井戸に転移魔法をかけた上で隠匿魔法でも複数がけしてるとかじゃねぇだろうな。待てよ、確か、隠匿系の魔法は……グレミア公国の十八番だ」

 やはり、単純な男だが魔術師長だ。

 魔法に関しては強い。


 間違いない。村のすぐ外の井戸に、カンザキたちはいる。

 私はすぐさま号令をかける。


「レイヴンは2番隊を連れて、魔物を討伐中の3番隊の応援に!! 4番隊は引き続き公国を探れ!! 5番隊は、万が一のため、ここで王都を守れ。レオンティウス!! 1番隊を連れて、私と共に来い!」


 慌ただしく男たちが動く。


 私も動こうとしたその時、腕が掴まれる。


「待てよ!! 俺もヒメの方にいく!」


「君は魔術師長だろう。魔導士部隊である2番隊は、魔物討伐の援護優先だ」


 あの小娘が心配なのだろう。

 だが、こういう時こそ、冷静でなければならない。

 でなければ……判断を見誤れば、大切なものは皆、一瞬にしてなくなってしまう。


「っ……わかった。絶対に、無事に助け出せ」

 悔しそうに顔を歪め、握られた拳に力を込め、レイヴンは部屋を後にした。


「シリル、私たちも」

 レオンティウスの言葉に、強く頷く。


 無事でいろ。

 君には帰る場所があるのだろう。


 早る心に駆られて、私はレオンティウスと1番隊を連れて、村へ向かった。

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