幸せの青い鳥
古びた椅子とベッドだけが置かれた暗い部屋で、私は縛られたまま中央の椅子に座らせられた。
「単刀直入に言おう聖女殿。我が国で、我が国のために力を使うと、ここで誓え」
威圧感たっぷりに見下ろされる。
我が国?
セイレの人間じゃないってこと?
……まさか。
5年後に起こるであろうあの戦争を起こす国
────グレミア公国。
その名がすぐに浮かんだ。
確かあの国は聖女を欲していたはずだ。
その理由まではゲームでは語られていなかった。
くそぅ、あのクソゲーめ。
そこまで考えて、私は先ほどの男の言葉に返事を返すために、一度深呼吸をしてから口を開く。
「嫌ですよ。私、ここが好きなので」とじっとフードで影になったその目を見る。
「小生意気な。最初から大人しくいうことを聞いていれば、躾も最小限にしてやれたというのに」
バシンッ──!!
「きゃぁっ!!」
男が私の右頬を殴りつけ、小さな体が床に投げ出される。
っ、痛っ…。
この小さな身体じゃ投げ出された程度の衝撃すらも大きく感じる。
「雷よ!! 愚かなる者に天の裁きを!!」
男が詠唱してすぐにバリバリ──ッ!! と大きな破裂音を立てて、私の身体に激しい衝撃が加わる──!!
「ガッァァァ!!」
ドクッ──ドクッ──……
全身に流れる血管が大きく脈打ち、呼吸がうまくできない。
体の奥までビリビリとした痺れと熱が送り込まれるような感覚──。
「心の底から、我らに従うことのできるように──」
閃光とともに私を貫く雷の刃──!!
「ガハァッ!!」
「欲しいのは、ただ奴隷のように従順な、聖女だ」
バリバリバリバリ──ッ!!
痺れとともにやってくる痛みと熱が身体中を駆け巡る。
「キャァァ!!」
何度も休むことなく、鋭い雷は私の体に容赦なく降りかかる。
繰り返し雷に撃ち抜かれ棒で叩きつけられるうちに、肌は切れ、気付けば赤黒い血の水溜りに、私は浸かっていた。
あぁ、頭がクラクラする。
鉄の匂いが鼻につく。
反撃を試みようも、おそらくこの手を縛っている縄に、魔力遮断の魔法でもかかっているのだろう。
魔力が体を流れていかない。
私は男たちをただ睨み続けた。
屈するわけにはいかない。
絶対に。
私は彼らの気が済むまで、ひたすら攻撃に耐えることしかできなかった。
あんなに懸命に魔法を習ったのに。
あんなに必死に剣を学んだのに。
──私は今、ただの無力な小娘だ。
悔しい。
でも泣いちゃだめだ。
負けるわけにはいかない。
ただただ痛みに耐えながら、時が過ぎるのを待つ。
彼らが攻撃をやめたのは、窓の外が薄暗い空から漆黒へと変わってしばらくしてからだった。
「さぁ、今日はこのくらいにしてやろう。我々に従順な聖女になるまで躾けねばな」
────
「ヒメ!!」
男たちに引きずられて、私はクレアの元へ放り投げられるようにして牢へと戻された。
手を縛っていた縄がシュルシュルと解かれる。
「また明日、な? 可愛らしい聖女殿」
薄笑いを浮かべそう言い残して、男たちは去っていった。
血まみれの私を見て、クレアは泣きじゃくりすがりつく。
「ひどい傷……!! あんた、なんで嘘なんかついたのよ!」
「っ……はぁっ……これくらいでは……死にませんよ。大丈夫、私、大人なので……っ……」
叫びすぎて喉が痛い。
身体も。
雷で焼き切られた傷がじくじく痛み、顔を顰める。
でもこれは、ゲームのクレアが受けたであろう痛みだ。
こんなものを一週間も受けてきたのか。
10歳の子どもが、たった一人で。
「そりゃ……声も……っ、出せなくなるはずね」
ひとりつぶやく。
「さて、っ、今のうちに──」
私は胸元からメモ帳とペンを取り出すと、丁寧に鶴を折り、両掌の上にのせた。
「──鳥?」
不思議そうにクレアがそれを覗き込む。
「はい。幸せの青い鶴、です」
ふにゃりと笑って、痛む胸を押さえながら、大きく息を吸う。
「色とりどりの花の雨が降る
街も森も 華やぎ踊る
音が聞こえる 囃子の歌が
暗い水の底にも
幾重に重なる闇をも跳ね除けて
音は囁く 言の葉を聴きながら
桜の花は 咲いています
あなたを待ち侘びています
私が帰る場所 その腕の中 焦がれながら 夢を見る」
広がる少し掠れた歌声。
私はそっと鶴に口付けた。
すると鶴は羽ばたき、宙を舞い消えた。
「今の、何?」
消えた折り鶴の残像を見ながら驚き瞬くクレア。
「……っはぁ、これで大丈夫。すぐに──気づいてくれる」
「あなた、魔法が使えたの?」
「っ、はい。春に魔力開花して……っ、年齢上、生徒としてではないですが、グローリアス学園で学ばせてもらっています。だから、大丈夫……っ。こんな傷、すぐに、治しちゃいますから」
そう言って彼女を安心させるように微笑む。
それでも気を抜けばすぐに痺れと痛みが身体を支配する。
「ねぇ、さっきの歌の、桜の花って?」
「あぁ、私の目の色によく似た、薄ピンクの花ですよ。(この国では)あまり知られていないので、もし鶴が敵に見つかっても、私が苦しさを紛らわそうと歌った、ただの歌だと思うでしょう。でも、あの人なら……きっと、気づいてくれる」
私はじっと、牢の闇を見つめた。
「少しの辛抱ですよ。がんばりましょう。モミ子、あなたは一人じゃないです」
「…………誰がモミ子よ。……馬鹿……」
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