聖女クレア、またの名をモミ子
天馬たちが飛ぶこと約1時間後に村についた。
色とりどりの花で埋め尽くされた村は、たくさんの人で賑わいを見せている。
「わぁきれい!! あぁ……もし先生が一緒に来てくれていたら、カラフルな花に埋もれる先生の姿が見られたのに……!! まさに美のコラボ!!」
「「ぶふっ!!」」
背後で吹き出す二人の男。
……何ゆえ。
「っすまない。ヒメは本当に団長をお慕いしているんだな」
「カラフルの中に黒づくめとか……絶対浮く……」
ジャンとセスターとは、馬車ですぐに打ち解けた。
歳も17と、学園を卒業したばかりである準騎士の二人は、先生の教え子でもある。
【神魔術】の教師である先生だけど、騎士団長として騎士を目指すものたちの憧れの的でもある彼は、月に一度だけ騎士科の生徒に稽古をつけていた。
地獄の月1稽古──。
騎士団の普段の稽古の何倍も厳しかったと、今でも月に一度実施される団長による稽古が恐ろしいと、身震いしながら話す二人に私は
「先生が厳しいのは、無駄に死なせたくないからですよ。そう簡単に死なないように、厳しく指導して力をしっかりとつけさせてるんだと思います! 本当は誰より、人想いの優しい人なんですよ」と諭した。
いやもう本当、優しいのよ、先生は。
ただものすごく不器用なだけで。
そこからはもう私のオンステージだった。
先生の良いところ、素晴らしいところを延々と二人に説いて聞かせた。
授業で熱くなるタイプの先生って、きっとこんな感じだ。
愛が溢れて止まらなくなるんだ。
うん、今ならわかる。
全ては愛ゆえよ。
村に着く頃にはなぜか二人ともぐったりとして、私を「さすが噂の【グローリアスの勇者】だ」と称えていた。
着いてすぐに、私はパン屋を探しはじめた。
「確か、ヒロインが攫われるシーンのスチルの背景は、彼女の実家のパン屋さんだったのよね」
記憶を頼りにぶつぶつ言いながらあたりを見渡す。
「【眼鏡をかけた、くるんと曲がった髭が特徴のくまさんマークのパン屋さん】は、と……」
それはすぐに見つかった。
印象的なトレードマークのイラストが描かれた看板のおかげで。
シナリオはクソゲーなくせに、デザインセンス抜群すぎでしょ、このゲーム。
「ごめんくださーい」
リンリン──。
ドアを開けるとともにベルが鳴って「はーい」と出てきたのは私と同じくらいの背丈の女の子。
両サイドだけ伸ばしたもみあげが特徴的な空色の肩までの髪。
つり目がちだけど大きく開かれた、ラピスラズリのような深い青い瞳。
間違いない。
ヒロインであるクレアだ。
ゲーム開始の5年前のモミ子、可愛い!!
「あなたたち、お客さん?」
「はい! これくださいな。(もみあげ引っ張ってみたい……)」
邪な考えを隠しながらそう言って、熊の形のパンを4つ取って、フォース学園長からたんまりもらったお小遣いとともに彼女に渡す。
「まいどー。見ない子だね。村の外から来たの?」
「えぇ。王都の方から」
「え!? じゃぁ貴族の人?」
「あ、いいえ。私は普通の10歳児ですよ! ヒメっていいます。モミ子は?」
と右手を差し出すと「誰がモミ子よ! 私はクレアよ」と目を釣り上げながらも握り返してくれた。
よく通る芯のある声。
この声を失わせたくない。
こんな子どもに恐怖を味合わせたくない。
私は決意を強くする。
「あの、せっかくなので、こっちで一緒に食べませんか?」
店の外にあるテラス席を指差すと、クレアは嬉しそうに笑ってから「ぁ、でも、店番……」と肩を落とした。
「クレア、行ってらっしゃい」
奥から出てきた、勝気そうなクレアと同じ目をした女性が声をかける。
「母さん」
「この村じゃ、同じ歳くらいの子なんていないんだから。今日ぐらい同年代の子と楽しみなさい」
クレアのお母さんが笑って「あぁ、これ、持っていきなさい」とオレンジジュースの入ったグラスを2つ、彼女に持たせた。
「騎士様たちも、よかったら」と、ジャンとセスターにもコーヒーの入ったカップを手渡す。
パン屋の屋外テラス席にクレアと一緒に向かい合って座り、隣の道路に面したテラス席にはジャンとセスターが座る。
「あんた、普通の10歳児なのになんで騎士様が護衛してんの?」
不思議そうにクレアの大きな目が彼らを捉える。
「恋人が過保護でして」
「ゴフンゴフンッ!! 彼女の兄上がとても彼女を大切にしていまして、どうしてもカナレア祭に行くと言って効かない妹の護衛を、友人で準騎士の私たちに依頼したんですよ」
私が言うと、セスターがむせこんでから、にこやかに嘘八百を並べる。
「ふぅん……。ねぇ、王都って、グローリアス学園のある王城圏の周りよね?私、早くグローリアス学園に行きたいのよね。」
「学園に?」
「えぇ!! この間ね、神殿で、聖女に認定されたの。まだ魔力は開花してないし、聖女の力が覚醒する20歳まではまであと10年もあるけど、楽しみで楽しみで!」
嬉しそうに頬を染めて話すクレア。
「学ぶのが好きなんですか?」
「んー、好きってわけじゃないけど……。この村、私と同じくらいの歳の子っていないのよ。みーんな私より5つは年上か年下で。私が生まれてすぐに村で伝染病が流行ったの。数の少ないヒーラーが到着して治療を施す頃には、小さい子たちは皆死んじゃってたんだって。私は奇跡的に無事だったけど、今思えば聖女の素質のおかげなのよね。きっと。だから、同じくらいの歳の子たちと一緒に過ごしてみたいの。あなたと今日出会えて、すっごく嬉しいわ」
照れ臭そうに話すクレアを見て、私はふにゃりと笑って「私も嬉しいです」と返した。
クレアと話してみて、ゲームをしていたときには知らなかった彼女を、たくさん見ることができた。
まず、彼女はまぁまぁのツンデレ属性だ。
そして、村で読み書きなどを教えてくれる学校の合間にパン屋を手伝う働き者で、しっかり者の面倒見の良いタイプ。
ふと思い出すのはアイスブルーの瞳を持った黒づくめの愛しい人。
今頃眉間に皺を寄せながら会議に出てるのかなぁと思いを馳せる。
4人でパンを食べながら、色とりどりの花々を見て、話して、楽しく過ごしていたその時。
「キャァァァァ!!」「逃げろ!!」
どこからともなく叫び声がこだまする。
3番隊の団員たちが、混乱の中心へ慌ただしく走っていく。
「どうした!?」
ジャンが騎士の一人を呼び止める。
「西の森に魔物の群れが出たらしい!! すごい速さでこの村に向かってる!! 既に先遣隊に数人、怪我人が出ている。ジャンたちも参戦してくれ!!」
「っ!! だが……!!」
とチラリとこちらを見るジャンに、私はゆるく笑った。
「私は彼女とここにいますから、行ってください。」
「ヒメ……!!」
「色にあふれたこの村を、守って」
花々と人の笑顔に溢れたせっかくの楽しいを祭りを、邪魔させたくない。
「っ……絶対に、ここを動くんじゃないぞ!!」
「はい、わかりました!!」
残された私とクレアは、見えなくなるまでジャンたちの後ろ姿を見送る。
「ここらは魔物なんてあまり出ないのに……どうして魔物の群れなんて……」
つぶやくクレア。
魔物が出ない?
……まさか……!!
考え至ったその時。
ビリリッ!!
「っ!!」
全身に電気が流れたかのような痺れが走って、私は意識を手放した。
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