コルト村へ
夏の実りを祈るカナレア祭が開催されるコルト村は、城や学園を囲む王都を出てすぐの、緑豊かな地にあるらしい。
村外からも人が大勢集まって、毎年賑わいを見せるこの祭りには、治安維持のため騎士団が派遣されるようだ。
全部で5つある部隊のうち、国民の警護を主に担う第三番隊に同行することになった私は、騎士団本部の出入り口階段に座って出発の準備をじっと見ていた。
「ヒーメ!」
色気のあるハスキーボイスが背後から降ってくる。
「レオンティウス様」
「いよいよね〜。見送りに来たわよ」
本当は一緒に行きたいんだけどね、とこぼしながら私の隣に腰を下ろし、私の黒髪をいじるレオンティウス様。
「大事な会議ですし、仕方ないですよ。でも、いつか一緒に行きましょうね!」
「はぁ……何が悲しくてむさい男どもと缶詰状態で会議なんてしなきゃならないのかしら。」
「クロスフォード先生はむさくないですよ!! むしろ一輪の薔薇です!!」
「相変わらずね、あんたも」
呆れながら笑って、ふと髪をいじる手がぴたりと止まった。
「……ヒメ。メルヴェラのこと、ありがとうね」
とても静かで穏やかな声だった。
「あいつ、普段チャラチャラしてるし、適当だし、大雑把だし、バカなやつだけど、メルヴェラのためにたくさん頑張ってきたのよ。でも、シリルには到底及ばなくて、あれくらい魔力があったらって、勝手に劣等感持って嫉妬して。メルヴェラがいなくなってたら……きっと、闇に堕ちてたわ。本当に、ありがとう」
頭を下げるレオンティウス様に、私はふにゃりと笑って「どういたしまして」とい言った。
なんだ。
レイヴンをわかってくれる人、いたんじゃない。
ゲームでは他の人物との関わりの描写がほとんどなかったし、レオンティウス様は始終気楽なオネエキャラだった。
そんな彼が、こんなに仲間のことをよく見ているなんて、思わなかった。
先生だってそう。
レイヴンが騎士の誓いをした時、やっぱり第一にレイヴンがこれから置かれるであろう状況を案じて悩んでいるようだった。
きっと、本人たちが気づいていないだけで、互いを思いやってる。
思いやっていることにすら気づいていないだろうし、思われていることにも気づいていないのだろうけれど。
知らなければ、知ろうとしなければわからないことがきっとたくさんあって、自分一人で抱え込んでしまう。
優しすぎるんだよね、この人たちは。
「大人って、面倒くさいなぁ」
「ふふっ。そうね。世話のやける野郎どもだわ、私も含めて」
私たちは目を見合わせると、どちらからともなく、にっこり笑い合った。
「おっ!! ヒメ!!」
かけてくる大型犬、もとい、レイヴン。
「この間はありがとうな!! 体調の方、もういいのか?」
ニカッと笑って、私の顔色を伺うように少し屈んで覗き込む。
朝から爽やかだな。
「レイヴン!! はい、しばらくゆっくりしたらすっかり良くなりました!!」
「そっか、よかった。うちの親が、お礼したいからまた来てほしいそうだぞ」
「そういえば、結局ご挨拶できないままでしたね。また今度、ご挨拶に伺わせてください。メルヴェラちゃんの体調はどうですか?」
彼は昨夜実家から帰ってきたようで、あの日以来初めて会う。
「こんなに空気が澄んでるなんて、って、嬉しそうにしてるよ。まぁ、ずっと基本寝込んでた分、体力つけるのに苦戦してるがな」
「そのことなんですけど……。これ、メルヴェラちゃんに渡してもらえませんか? 今朝やっと出来上がりまして」
私は『メルヴェラちゃん取扱い説明書』と書いてあるその冊子をレイヴンに手渡した。
「身体の中をいじって魔力の流れを通るようにはしましたが、本来の身体の弱さは別です。体質ですから。少しずつ、環境を整えて、身体を強くするしかありません。なので、これを参考に実践してみてください」
パラパラとめくるレイヴン。
小さく丸い字と絵を敷き詰めて作ったその冊子は、私が元いた世界で学んだことばかりだ。
①毎日必ず換気をして、お部屋を清潔に保つ。空気が乾燥している場合は加湿をすべし
②一日一回は外に出て、散歩をする(短時間からスタートしてね)
③根菜をしっかりととり、身体を温めてね
などなど……
あちらの世界では常識でも、この公衆衛生観念が破綻したセイレでは生活を見直す事で変わってくることも多いはず。
「俺のために……ありがとうな、マイエンジェル」
「「いや、レイヴンの(あんたの)ためじゃないから」」
レオンティウス様と私の声がハモった。
「カンザキ」
低く静かな声が私を呼ぶ。
「先生!! きてくれたんですね!!」
「念を押しにきた。いいか、くれぐれも護衛と離れるな。面倒ごとを起こすな」
出会いざまにすごい勢いで釘を刺された。
うん、先生は今日も先生だ。
眉を顰めながら言う先生の背後で、二人の若い騎士が緊張の面持ちで立っている。
そちらに視線をうつすと、先生が「前へ」と二人に声をかけた。
それに従い、ザッと一指乱れぬ足取りで一歩前へ出る二人。
「ジャン・トルソ」
「はっ!」
「セスター・アラストロ」
「はっ!」
名を呼ばれ敬礼をとる。
「この二人を君の護衛につける。くれぐれも面倒ごとを起こすことのないように」
再度力強く言い放つ先生に、苦笑いするレイヴンとレオンティウス様。
まるで過保護な父親だなぁ。
と思っても口には出さないよ、私。
まだ命は惜しいもの!!
「むぅ。信用ないですね」
「当たり前だ。つい先日勝手に出て行った上倒れたばかりだろう」
「心配してくれてるんですか!?」
嬉しくなって飛びつく私を鬱陶しそうに引き剥がし「不本意ながら学園長に君を任されているからだ」と先生は淡々といった。
「相変わらずのツンデレですね!! でもそんな先生が好きです!」
「少し黙ることはできないのか」
「愛は止まることなく溢れているのですよ!! ナイアガラの滝の如く!」
「そんな滝は知らん」
「ザバザバと溢れ出るくらい、私の中は先生でいっぱいなんです!」
「どこか壊れてるんじゃないのか?」
「壊れるほどの愛なんです」
「そんな壊れたものは捨ててしまえ。ゴミだ」
そのやりとりにプルプルと笑いをこらえるレオンティウス様とレイヴン。
護衛の二人は見てはいけないものだというように、必死に目を逸らしている。
いや、よく見よ!!
これが先生の可愛さぞ!!
ひとしきりやりとりを(一方的に)楽しんでから、「準備が整いました」と3番隊の騎士が呼びにくる。
私は改めて先生に向き直り、
「大丈夫です。私、先生が幸せになるのをみるまで、いえ、幸せになった後も死ぬつもりはないですから。何があっても。それに、何かあったらすぐに先生が来てくれるでしょう? ……私が帰る場所は、何があっても、誰がなんと言おうと『ここ』なんです」
そう言って少し背伸びをして、トンっと指先で先生の胸を突く。
大きく開かれるアイスブルーの瞳を目に焼き付けて「行って来ますね!」と言い残し、私は馬車に乗り込み、そして飛び立った。
真夏の雲ひとつない青空に羽ばたく天馬。
私は先生が小さくなって見えなくなるまで、その姿を窓からずっと見ていた。
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