魔法使いといえば


「よし、中級魔法はマスターしたな! この短期間にこんなに使えるようになるなんて、お前天才か?」


 緑が青々と揺れる聖域で、私はレイヴンによる魔法の指導を受けていた。


 事あるごとに頭を撫でてニカッと笑って褒めてくれるレイヴンは、褒めて伸ばす系教師なのか、正直ものすごくやる気が出る。


「レイヴンの教え方が上手だからですよ。自己肯定感育ちまくりです」

 いやほんと、先生に向いてると思う、レイヴン。

 

 すぐそばの木の影に座って、持ってきた水筒に口をつけ一気に飲み干すと、カラッカラに乾いた喉に潤いが戻ってくる。


 どの世界でも、夏は暑い。

 暑いもんは暑い。


「んなことねぇよ。お前が才能だけに満足せずに、めちゃくちゃ努力したからだろう。10歳で7属性を中級レベルまでマスターするなんて、滅多なことじゃできないぞ。まぁ……氷属性は置いといて……」


「うぅ……」

 努力に努力を重ね、私はどんどん魔法を上達させていった。


 ちなみに属性魔法だけでなく、無属性魔法である浮遊魔法もマスターしている。


 でもそんな私にはたった一つだけ、断念した属性がある。


 氷属性だ。


 適性はあるものの、相性が悪いらしく、少量の雪や氷を出すことができるだけで、そこからいくら訓練しても上達しないのだ。


「愛しの先生の属性なのに……。愛しの先生にご指導いただいてるのに……」


 ズーンと頭を両手で抱えながら落ち込む私の頭を、レイヴンが苦笑いしながらガシガシと乱暴に撫でる。

 うぅ、良い奴だ。


「気にすんなって! 全属性使えるっつっても、人と人に性格や相性があるように、人と魔法にもあるんだよ。お前の性格、氷とは正反対だろ」


「うぅ……。私もクールな一匹狼になりたい。ぼっちになりたい。先生とお揃いがいい……」


「いや無理だろ。つーか、何気にシリルに失礼だなおい。ん~でもなぁ、人それぞれ、相性とか属性の限界とかあるし、こればっかりは仕方ないぞ」


 地面に広げられたハンカチの上に乗ったクッキーをつまみながらレイヴンが言う。


「属性の限界?」


「そ。これ以上はもう無理~っていう限界があるんだよ。お前の場合氷属性多分それだ。まぁ多少ずつは進歩するかもしれないが、多分お前の氷属性は初級までだ。他の属性はまだまだ技を吸収してるし、まだまだ受け皿ありそうだけどな」


 一つ、また一つとハイペースでクッキーがレイヴンの口の中に消えていく。

 甘党か。


「俺なんかより、よっぽどすごいぞ。俺は全基礎属性持ちだが、受け皿は小さい。炎属性以外は中級か、初級止まりだ。お前はまだまだ伸び代があるんだから、自信持って頑張れ。」


 レイヴンがそういうと、私は少しだけ口を尖らせて「“俺なんか”じゃないです。」と静かに言った。


「レイヴンって、人には自己肯定感強制的に植え付けるくせに、自分の自己肯定感低すぎますよね。俺様わんこのくせに」


 こんなにすごい適性を持って、全部を扱うこともできて、しかもとても素敵な先生なのに、レイヴンは自分を卑下しすぎる。

 何だか納得できない。

 本人は多分無意識だ。

 無意識に他人と比べて自分の価値を低く見積もってしまってるのが、とても歯痒い。



「誰が俺様わんこだっ! てか、なんで怒ってんだよ。ほれ、クッキーやるから機嫌なおせ」

 残り少なくなったクッキーを一つつまんで私の口元まで持っていくレイヴン。


 私はむすっとしたまま、パクりとレイヴンの指から掻っ攫うようにクッキーに齧り付く。


 うん、美味しい。


 ふにゃりとした笑顔を見せ咀嚼そしゃくすると、レイヴンは安堵の表情を浮かべてまた私の頭を撫でた。


「ま、俺もお前も、精霊達にめちゃくちゃ好かれてるってだけでも、贅沢もんなんだよな」


「精霊ですか?」


「あぁ。魔法はな、精霊からのギフトなんだよ。このセイレの人間が何かしら魔法が使えるのは、セイレ自体が妖精に愛された国だからなんだ」


 レイヴンは視線を木々に向ける。


「この聖域には、基礎属性の精霊達が住んでるんだ。森の住人って皆呼んでる。まぁ、恥ずかしがり屋らしくて、俺もまだ見たことないがな」


「基礎属性だけなんですか?」


「あぁ。聖属性の精霊や闇属性の精霊は、文字通り住む世界が違うからな」


 レイヴンは最後の一つのクッキーを口に放ってから茶を口に流し込み、立ち上がって両手をあげて「ん~~っ」と言いながら伸びをする。



「ていうか、このクソ暑いのに、なんでいっつも黒い服なんだ?」

 ふとレイヴンがハンカチを片付ける私に疑問をぶつける。


「だって、魔法使いと言ったら黒いローブじゃないですかぁっ!」

「いや、俺白だし」


 木陰に脱ぎ捨てているマントに視線を向けながらレイヴンが言う。


「なんで魔術師長のくせに白マントなんですか! 魔法使いナメてんですか!」

 私は勢いよく立ち上がる。


 白いマントの魔法使いとか初めて聞いたわ!!

 私の憧れと期待を返せ。


「なんだよそのヒメ限定の常識。あのなぁ、騎士団は、団長、副団長、隊長は皆白、普通の騎士は濃い紺色って決まってんだよ」

 それを聞いて、ふとあの黒づくめを思い出す。


「あの……団長って、クロスフォード先生ですよね? 先生が白いマント着てるところ、見たことないんですけど」


「着たことないからな。あれは……、まぁ、喪服のつもりなんじゃないか?」

「喪服……」


 誰の喪ですか? と聞くことはできなかった。

 聞かなくても、なんとなくわかる。


「お前も女の子なんだからさぁ、ピンクとか赤とか、フリッフリの可愛いの着ればいいのに。今のうちしか着れねぇぞ?」


「余計なお世話ですっ。私の中では魔女=黒い服なんで! ……これで先生連れてたらもう完璧なんですけど……」


「なんで?」


「魔女と言ったらお供の黒猫じゃないですかっ!」


「いや、シリルは一応人間だぞ」


「あの距離が縮まったかと思った拍子にツンと突き放す態度!懐きそうで懐かない子猫のよ」

「誰が子猫だと? 私にも教えてくれるかなカンザキ」

 氷のようにヒヤリとした低い声がして、私の言葉は遮られた。


 声の方をギギギという効果音がつきそうなほど固まった首を動かして見ると、聖域の入り口で腕を組み、上から見下ろすように睨みつける黒猫……もとい、先生の姿がそこにあった。


「せ、せんせー。きょ、今日も黒くて暑そうですね! でもそんな先生が私は大好きです! では!」


 そう言って私は勢いをつけてで先生の真横を通り過ぎ……ようとしたが首根っこを掴まれて捕獲された。

 うぅ、やっぱりこの幼女スタイルじゃ大人には勝てない……。


「黒なら君も同じように見えるが?」

「あ、お揃いですね! ペアルックってやつですね!」


 首根っこを掴まれてプランプランと揺れながら言う。

 先生とペアルックとか……最高か。

  


 嫌そうに顔を顰めた先生はレイヴンに向き直り「レイヴン。フォース学園長がお呼びだ。ご実家のことで」と言うと、レイヴンの顔色が変わった。



 あぁ、ついに来たか。

 私には何のことか、すぐにわかった。

 彼女の妹の容態についてだろう、きっと。


「!! わかった。よしヒメ、今日の訓練はここまで! よく頑張ったな!! シリル、ありがとな!!」

 そう言ってレイヴンは去り際に、吊るされた私の頭をガシガシと撫でてから聖域を去っていった。

 撫でるくらいなら助けておくれ。



「……」

 無言の先生と私だけが聖域に取り残された。



「あの…………先生?」

 いまだに宙ぶらりん状態で揺れている私。


「……たまには黒以外の服を着ろ」


 視線を落とすことなくボソリとつぶやいたその言葉は、私にもしっかりと届いた。


 そして私は「先生が私のいろんな姿をみたいと言うのであれば喜んで!!!」と笑う。



「お供の黒猫にされては敵わんからだ馬鹿者」


 

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