【SIDEシリル】とある騎士団長兼教師の困惑ー私の勲章ー

 蒸し暑い夜に、剣を振る影が二つ。


「重心を保て!! そのような構えではすぐに抜かれるぞ!!」


 

 キンッッ!!


「ッ!! はぁっ……はぁっ……」


 剣がカンザキの小さな手からこぼれ落ちる。


「もう一回、お願いします!!」

 肩で息をしながらも、彼女がくらいつく。


「ダメだ。今日はもうあがれ。毎日毎日傷だらけになっても食らいついてくるのは賞賛に値するが、体を休ませることも訓練のうちだ。闇雲に打ち合うだけで上達するなら、それこそ騎士たちの立つ瀬がない」


 とはいえ、この年でこの上達具合は、私には信じ難いものだった。


 女、しかも子ども相手にもかかわらず、他の騎士たちと同じ指導をしている。


 一切手を抜くことはない。

 どこかであきらめるのではないかという期待はすぐに裏切られた。


 それを4ヶ月。

 この幼い小さな体でついてきている。


 私の中に、4ヶ月前の彼女の言葉がよみがえる。



『私は、強くならないといけないんです。どうしても……やりたいことがあるんです』



 そうだ。

 あの目は真剣そのものだった。


 ローズクォーツの、暖かみのある瞳。


 それが、芯のある覚悟のこもった熱い瞳をしていた。


「わかりました。今日もありがとうございました!! 先生大好きです!!」


 そう言ってふにゃりと笑った彼女は、毎日指導後、必ず礼の言葉とともに、愛の言葉を落とす。


 いちいち反応するのも馬鹿らしくなるほどに、彼女の言葉はまっすぐだ。

 だからこそ私には理解ができない。


「あ……。先生、明日から夏休みですよね!! お願いがあるんですけど」


「却下だ」


「私、カナレア祭に行きたいんです!! 連れていってください!!」


「人の話を聞け、却下だと言ったはずだ」


 どうして私の周りにはこうも人の話を真面目に聞かない者が多いんだ。


 主に4人ほど。

 最近の頭痛の種だ。


「どうしても、いかなきゃいけないんです!!」


 っ……また、この目だ。

 一体何を考えているのか。

 何かを知っているのか。


 私は真意を探ろうと彼女の瞳をじっと見返すが、それを掴むことはできなかった。


「はぁ……」


 ため息を一つついて私が折れる。

 こういう時のこれに何を言っても無駄だ。 


「カナレア祭の日は、私もレイヴンもレオンティウスも大事な会議がある。……騎士を数名護衛につける。絶対にはぐれるな」


 

 そう言うと、カンザキは私にギュッと思い切り抱きついてきた。

 くそっ、何なんだ。


「ありがとうござますっ!! 先生大好きですっ!!」


「離れろ小娘。……また勝手に抜け出されても迷惑だからな」


 ベリッと少女を無理やり引き剥しながら嫌みたらしく言ってやれば、不穏な空気を察したのだろう、明らかな作り笑いを浮かべて、「は、ははは。じゃ、じゃぁ、私、お先に部屋に帰りますね、ありがとうございましたぁー」と、そそくさとその場を後にしようとした。



 が、そうはいくか。

 君には聞きたいことがある。


「まぁ待て」


 彼女の頭を掴み退路を塞ぐ。


 頭を鷲掴みにされたまま固まるカンザキ。


「アレンと手を握りあっていた件に関してはまだ報告を聞いていないが、君は私に教えを乞う立場でありながら、保護される身でありながら、勝手に行動した挙句に報告を怠る気か?」


 すると少女の目が宙を彷徨い始めた。

 


「あ〜……、いや、そのあまりにも暇すぎて、つい」


「ついで脱走するのか君は。ならば脱走しないように首に鎖でも巻いておくか?」


「先生、やっぱりそんな趣味が!? でも先生ならウェルカムです!!」


 私にそんな趣味はない。

 全く、表情のコロコロ変わるやつだ。

 まともに話しているとどっと疲れる。



「君は馬鹿か。あぁ、そうか、馬鹿だから図書室に行ったということか。せめて学をつけようと? その心意気は認めんでもないが、君が人に見つかると面倒なことになる。くれぐれも(私に)迷惑をかけることの無い様に」


 それだけ言って、私はそっと彼女の傷だらけの両手を取った。


 ……こんなに、小さな手で。

 よくもまぁ毎晩修行に励むものだ。

 私とは違う、柔らかく小さな手。

 なのにもかかわらず、彼女の手は豆だらけだ。

 

 私はすぐに水魔法と治癒魔法を同時にかけ、洗浄と治療をする。


 私の手から水と光が溢れ、彼女の小さな手を包んだ。


「治癒魔法が効かん……か」


 この娘にはなぜか、治癒魔法が効かない。


 マメができて潰れ血の滲むこの少女の手の平は、血は止まるものの、傷は綺麗に塞がってはくれない。

 体質、なのだろうか?


「血が止まってくれるだけで十分ですよ」


「君は紛いなりにも女性だろう。嫁入り前の娘が傷だらけなど……」


「紛いなりでもなんでもなく、完璧に女です。それに、嫁になんか行きませんし」


 少し膨れた顔で言う少女に、私は大人として諭すように言う。


「今はそうでも、いずれは好きな男でもできて、嫁に行くものだ。貴族の娘であれば、君ぐらいの歳から婚約しているものも多い」


「いいんですっ! 私は他の男になんて興味ないんで! 安心してください、私は先生一筋なんで!」


 そう言うとカンザキは、私の手を握り返して続けた。


「……それに、この傷は……私の勲章なんで。……私が、大切なもののために努力した証……。私の宝物の一つですよ」



 そう静かに、穏やかな表情を浮かべて言ったカンザキ。

 これは、本当に先ほどまでのふざけた小娘なのか?

 妙に大人びた表情をする。

 本当に、よく表情の変わるやつだ。



 そして月に照らされたそのローズクォーツに、吸い込まれそうになる。


 気を抜けばぐらりと取り込まれてしまうような感覚に陥るが、なかなかそれから目を離すことができない。

 


 私はそんな自分の心を振り払うように1度グッと目を閉じ、握り返された手を解いた。


「……君がいいと言うなら、私が言うことでもない。行くぞ」

 カンザキに背を向けて学園に向かって歩き出す。



「あ、待ってくださいよ〜。今のは完全にキスの流れですよー!」


 馬鹿なこと叫ぶカンザキを背に、私は速度をあげるのだった。

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