都市伝説と魔王様

「おい聞いたか。ここ、出るらしいぜ」


「知ってるわよ、グローリアスの亡霊でしょ?」


「え?? グローリアスの勇者だろ?? 騎士科で有名だぞ?」


「いやいや、俺はグローリアスの変態だって聞いたぞ」




 私が異世界転移を果たしてから4か月が過ぎた。


 この4ヶ月、毎日ただひたすらに休むことなく魔法と剣を学んだ。


 先生やレイヴン、他の先生方の空いている時間をメインに私だけの時間割が設けられ、休日は先生の指導を一日受けた。


 私の希望により、毎晩先生による剣術指南までも受けており、あの厳しいクロスフォード先生の指導を毎日、休日までも受け続ける私は、騎士団員から尊敬の対象とされている、らしい。


 が、食事は生徒たちのいない時間を見計らって誰かしら連れ出してくれるし、指導も人が寄り付かない聖域内で行われるため、生徒たちの間では私は都市伝説になっていた。





「解せぬ」


 誰もいない図書室で、机に頬杖をついて1人呟く。


 どの先生も今の時間は夏休み前の集会に出ているため、私は1人、部屋を抜け出し図書室へと足を運んでいた。

 生徒に見られると面倒だから極力生徒には会わないように避けて生きてきたけど、そろそろ限界なんです!

 


 1人窓辺の椅子に腰掛けてチラリと外を見ると、外で集会が行われているのが見える。


 私は膨れっ面で、その集会の中で一際美しく、だが無表情で立つ黒ずくめの男を見ていた。

 今日も素敵だ、うちの先生は。


「私も早くあそこに立ちたいなぁ。いつまで都市伝説のままなのかしら」


と思わず一人語ちると「都市伝説?」とふんわりとした声が誰もいないはずの図書室に響いた。


「え?」


 振り返るとそこには、アメジストのような紫の瞳がこちらを見ていた。


「えっと……」

「あぁ、ごめんね。一人だと思っていたら、可愛らしい声が聞こえたから」

 男はタレ目がちな目を細めて、ブロンドの髪をかきながら優しく笑った。


「あなたは……」

「僕はアレン。アレン・ディオスだよ。ここで司書をしてるんだ」


 春の日差しのようにふわふわとした笑み。


 私は彼を、知っている。

 知らないはずはない。

 だって彼は、先生が死ぬ要因となった……。



「ラスボスーーっ!!!!」



 そう。


 彼、アレン・ディオスこそ、このマメプリのラスボス。


 後に魔王となるお方であり、聖女エリーゼの双子の兄。

 先生、レイヴン、レオンティウス様の3大公爵家嫡男である3人に加えて、伯爵家のアレンと双子の妹のエリーゼ──、立場や身分は違えど、彼らは幼なじみとして幼少期を共に過ごしていたと記憶している。


 だけど彼は、彼女の死とともにその身に闇を抱えることになる。


 魔王を封じた先生の剣は、すぐに神殿で補完された。


 当時神殿に勤めていたアレンは、妹を貫いたその剣に触れ、その時から魔王の魂が彼に寄生し始めたのだ。

 その後、フォース学園長の勧めもあって、司書として学園に務めることになる。


 そしてヒロインが聖女の力を覚醒させた時。

 彼は完全に堕ちるのだ。

「その力は、僕の妹の力だったのに」と。


 幼い頃に両親を亡くした彼は、双子の妹であるエリーゼと二人、仲良く助け合って暮らしていた。

 そんな妹の死によって燻った闇が、ヒロインが妹と同じ力を覚醒させたことによって完全に彼を飲み込み、魔王となったのだ。


 おそらく今、彼の中には闇がある。


 薄い膜にせき止められている状態だろう。

 それがパチンと弾けた時。

 きっと魔王となってしまう。


 思わず声に出てしまったと気づいた時にはもう遅い。


 戸惑ったように固まるアレンが目に映った。


「えっと……ラス……ボス?? 僕はアレンだけど……??」


「はっ!! ごめんなさい!! えっと、知り合いに似ていたもので!!ラスボスって名前の!!」

 

 うぁぁ、苦し紛れの言い訳が痛い。

 誰だよ、ラスボスくんって。

 

「そっか。で、君はどこの子?? 誰の子かな?? あ、レイヴンあたりの子かな??」


 この4ヶ月で分かったことだけど、レイヴンはかなりモテるらしい。


 顔がいいのは言わずもがな、彼はクロスフォード先生とは違って誰にでも明るく、細かいことには拘らない兄貴分であるため、かなりモテる。


 あ、先生が根暗だって言いたいわけじゃないよ。

 うん、断じて。


 この学園他の先生たちにも会った瞬間に言われた。


「レイヴンの子か?」と。


 ……解せぬ。



 あまりに言われ過ぎて先日「レイヴンなんてレイヴンで十分よこの万年発情期ー!!」と叫ぶとなぜか嬉しそうに「おう!! こんなお子様に先生なんて呼ばれるのはくすぐったいと思ってたんだ!! レイヴンでいいぞ!!」とニカッと笑われた。


 言いたかったことが1つも通じてない。


 それ以来彼のことは呼び捨てている。


「レイヴンがパパだったら私とっくに家出してます」

 数日前のやりとりを思い出して、すんっと無表情で答える。


「あはは、ごめんごめん」

 苦笑いしながらアレンが謝り、私は気を取り直して彼に向き直った。


「ヒメ・カンザキです。趣味はクロスフォード先生がいかに素敵かを広めることです!! 見た目は子どもですが、中身は大人です!!」


「クロスフォード……?? シリルのことかな?? じゃぁ君、シリルの??」

 目を大きくして驚くアレンに、私は激しく首を横に振る。


「レイヴンと同類にしないでくださいっ!! 私はクロスフォード先生の子どもよりもお嫁さんが良いです!! 先生はあぁ見えてとっても優しくて、ツンデレで……」


 膨れっ面で力説し始める私に困ったように笑うアレン。


「そっか、大好きなんだね、シリルのこと」


「はい!! 私、先日魔力が開花したので、属性検査を受けて、ここでひっそりと学ばせてもらっているんです!! まだ10歳なので、生徒の皆さんに混ざることはないんですけど。今日は皆集会でいなくて暇なので、図書館に来てみました。あの、お邪魔でしたらすぐにお部屋にもどりますね」


 正直あまりこの危うい状態の彼と一緒にいたくはない。


 学園にいるということは、すでに神殿で魔王に寄生されているのだから。

 今私は、魔王を寄生させてる男と一緒に仲良く図書室でお話ししているのだ。



「大丈夫だよ。ここには僕しかいないし、僕も暇だから」


 だからここにいろよ、と副音声が聞こえるのは気のせいだろうか。


 私は「ヘィ」と小さく答えることしかできなかった。


「それにしても、シリルをこんなに慕う子なんて、珍しいね。彼はとっても整った顔をしているから女性人気は高いけど、性格はあんなだから、皆観賞用にしているみたいだけど。君は違うんだね」


 観賞用。

 それはそれで有りかもしれない。

 でも……


「見てるだけじゃ嫌なんです」


 せっかく憧れの先生がいるんだ。


 鑑賞するだけでは足りない。

 私は意外と欲張りだったみたい。

 

 そう言うと、アレンは少し考えて、ポツリと口を開いた。


「……もしシリルに、好きな人がいても?? 君は慕い続けられるの??」


 それを聞いて、私は大きく目を開いて一瞬呼吸を忘れる。


 そうだ。

 知っているんだ。彼は。

 先生とエリーゼのことを。


 私は早くなる鼓動を、深呼吸一つ落として鎮める。


「叶わなくても、後悔はありません。先生を幸せにするために、私はいるんです。先生の幸せが他の人とともにあることなら、そのために私がやるべきことをするだけ。先生のいる世界で生きているだけで幸せですし、あの人にもらえるなら、痛みも苦しみも、私の宝物ですから。それを奪う権利は、だれにもありません」


 ふにゃりと笑って、彼を見つめながら私は言った。


 そう。

 たとえ叶うことがなくても。

 あの暖かい人を幸せにしたい。

 それが私の願いだから。


 先に目を逸らしたのはアレンだった。


「そっか……。君は、大人みたいな考えをするんだね。僕なんかよりずっと、強い心を持ってる」


 眩しそうに目を細めて私を見て、アレンは寂しそうに笑った。


「強くなんてないですよ? 私は諦める、とは言ってませんし」

 そう言って笑う。


「想うことを諦めるなんて、私には絶対無理です!! 完全に忘れられるのも寂しいし……。だから、こんなのいたなぁって、心の片隅にでも私を住まわせてもらえるように、今、必死に付きまとってるんです!!」


 私の堂々たるストーキング発言に、アレンは一瞬呆気に取られたように瞬きを繰り返し、やがて大きく笑った。



「っははははっ!! あのシリルにつきまとうってっ……!! あっはははは。そうか、君が今生徒たちの間で噂になってる『グローリアスの変態』か!! あははは!!」


 呆気に取られたのは、今度は私の方だった。


 こんなに大声で笑う人だったのか。

 

 私の知るゲームの中の彼は、いつも穏やかで寂しげで儚げで、攻略中であっても魔王に覚醒してしまうラスボス中のラスボスだったから、こんなに笑うところを初めて見た。


 ちなみにこのアレンルートでは、ヒロインの覚醒とともに魔王になったアレンは、先生によって彼の体に取り込まれ、ヒロインに消滅させられる瞬間「好きだったよ」と一瞬だけ正気に戻ったような描写になるのだ。


 ……認めない。

 こんなの乙女ゲームだなんて認めない。


 私は思い出してげんなりとした。


「その異名に関しては断固として抗議します」

「亡霊やら勇者やら言われてるけど、僕はこれが一番しっくりくるよ」

 頬を膨らませて私が言うと、ニッコリとアレンが笑う。


「アレン先生、実は腹黒ですね」

「そんなことないよ、それと、僕のことはアレンでいいよ。先生ではないし」


 あらためてよろしくね、と、アレンは手を差し出す。


 膨れっ面のまま私はその手を取って「よろしくお願いします、アレン」と言った。


「おっと。君の最愛がこっちをすごい目で見つめてるよ?」

 アレンが窓の外に目をやり言う。


 その視線を辿ると、射殺せそうなほどの鋭い目つきでこちらを見上げる先生の姿が……。


『なぜ勝手に部屋から出ている』


『なぜ図書館にいる』


『何故アレンの手を取っている。余計なことを言っていないだろうな??』


 そんな声が聞こえた気がした。


「わ、私、そろそろお部屋に戻りますね!!」

 急いでアレンの手を離し図書室の扉へと駆ける。


「うん。またおいで。待ってるよ」

 アメジストの瞳がふわりと笑って、手を振った。


「はい! 生きていたら、またお会いしましょう!」

 そう言い急いで部屋に戻ろうと図書室の扉の取っ手に手をかける。


 そしてふと、その歩みを止める。


「ヒメ?」

 そんな私にアレンが声をかけると、私は意を決してゆっくり振り返った。


「アレン、私、頑張りますから。もう少しだけ、待っていてください」


 それだけ言い残して、私は足早にその場を後にした。


 



「ヒメ・カンザキか……。また、話してみたいな」


 薄く笑みをこぼしながら呟いたその言葉を、私は知るよしもない。

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