グローリアスの変態
食事を終えて、私たちは敷地内にある聖域へ向かった。
穏やかな森の中にポツンとそれはあった。
木々や草花が彩るそこには、水晶に囲まれた大きな湖が静かに風に凪いでいる。
とても美しい、一枚の絵みたい。
私は思わず息をのんだ。
「おはよう、待ってたよ。おや、レオンやレイヴンとも仲良くなったんだね?」
湖の前で、穏やかな緑の瞳が私たちをとらえる。
「おはようございます!! はい!! レオンティウス様もレイヴン先生も、とっても良い人です!!」
にっこりと笑って返す私に、満足そうに頷くフォース学園長。
「うんうん。良きこと良きこと。じゃぁ早速だけど、こっちにおいで」
そう言って私達を湖の前へと呼んだ。
「綺麗ですね」
言いながら奥の方に目をやると、木々の頭から真っ白い大きな建物がそびえ立っていることに気づいた。
不思議な気持ちが私の中を支配する。
それが何なのかはわからないけれど。
「あれは?」と尋ねると「お城よ」とレオンティウス様が短く答えた。
「ここはね、古の魔法の始まりの場所なんだ。ここで祈った王族の古の魔法によって、学園は生まれたんだ。その王族が、あの城に住んでいたんだよ」
「王族……ですか」
「うん。このセイレ王国の中心地。彼らはこの城の敷地の一部に、学園と騎士団を作った。皆が等しく、安心して学べるようにと。あの城にはね、数年前まで、とても優しい王様や王妃様が暮らしていた」
懐かしむように、森の向こうを見つめるフォース学園長に、私は口をつぐんだ。
それ以上は聞いてはいけないような、そんな気がした。
「さぁ、魔力検査をしようか。普通は15歳で力は現れ、属性検査とともに学園で魔法を学ぶんだけど、君は稀のようだ。さぁ、この水晶に触れて。きっと応えてくれる」
フォース学園長が、一際大きな中央の水晶へと私を促した。
口元を引き結んで緊張した面持ちで先生を見上げると、意外にも彼は力強くうなづいてくれた。
きっとその不安と緊張を感じ取ってくれているんだろう。
うん、好き。
感極まって彼に抱きつこうとすると「さっさと行け」と首根っこを掴まれて水晶の前に差し出された。
まるで生贄を差し出すが如く。
「酷いです先生〜、でも好き」
「大丈夫よ、痛くはないわ」
「そうそう、すぐだすぐ」
レオンティウス様とレイヴン先生の励ましが身に染みる。
私はそっとその大きく透明な水晶に右手を差し出した。
あぁ、ひんやりと冷たい感触が心地良い。
ザァァァァァァ……
木々は風にざわめき、湖が勢いよく波打ち始め、水晶から光が溢れた。
「これは……!!」
先生の声が遠くで響く。
そして私は、光の渦に飲まれた。
────
「ここは……」
目の前に広がっていた湖はもう見えない。
先生やフォース学園長、レイヴン先生やレオンティウス様の姿も。
ただ1人。
光の中に、私はいた。
でも不思議と怖くはない。
むしろ暖かくて、心地良い。
【おかえり。待っていたよ】
そう、誰かに言われた気がした。
だから私は、ふにゃりと笑って「ただいま」とつぶやいた。
そして世界は色を取り戻していった。
────
光がおさまり目を開けるとそこには──……
「これは……!」
「何てこった……」
「嘘でしょう……!?」
それぞれそれを見て、驚きの声をあげる。
8色の光の玉。
赤青水黄橙緑白黒。
ふわふわと落ち着きなく私の周りを飛び回っている。
まるで生きてるみたい。
「これは君の属性だよ。6つの基本属性がその赤青水黄橙緑。そして白と黒は聖と闇。この世でたった1人の、全属性持ち《オールエレメンター》だ」
未だ驚きの表情を見せたまま、フォース学園長が告げた。
あのテンプレ無表情の先生ですら、信じられないものを見ているような表情で目の前の光景を見ている。
「と言うことで、全属性持ち《オールエレメンター》の飼育……、あ、育成だけど、レイヴンも協力してくれるかな?」
不穏な言葉とともにフォース学園長は笑みを深める。
うん、多分言い直す前が本音だ。
「わかりました。ヒメ、よろしくな!!」
レイヴン先生はニカッと爽やかな笑みで手を差し出す。
「はい!! よろしくお願いします!!」
少し焼けた大きなその手を握って、私は笑った。
「基本はシリル、君にお願いするよ」
「え!? 本当ですか!? やった!! 先生と一緒に居放題!! 先生を見放題!! 幸せすぎる!!」
「おい俺との反応の落差!!」
あからさまな反応の違いに先生がため息をつき、レイヴン先生はつっこみ嘆く。
それをぷるぷると声を潜めて笑うレオンティウス様。
「拒否権は?」
「ないねぇ。ついでに彼女の護衛もよろしくね」
「私を過労死させる気か」
「大丈夫。他の先生方にも協力してもらうし」
「これ以上騒ぎを大きくしないでください。部屋に閉じ込めておきでもすれば良いでしょう」
「え~、シリルってば同じ部屋で暮らしてるのにも飽き足らず自分以外の目に触れさせたくないなんて、むっつりさん~」
「人の話を聞け!」
押し問答はどんどんヒートアップする。
フォース学園長に至っては先生で遊んでいるようにも見えるけど。
「おいヒメ。お前……あいつの部屋に住んでるのか?」
顔を顰めてレイヴン先生がこっそりとたずねる。
「はい。昨日からですけど」
「あらぁ。あのシリルがねぇ」
ニマニマと、フォース学園長と言い合いを続ける先生を見るレオンティウス様。
「あ、でも、残念ながら、一応スペースは別ですよ!! 先生の私室の続き部屋をお借りしてるだけで!!」
そう、非常に残念ながら!!
「あらそうなの?」
レオンティウス様が残念そうに肩を落とすと、レイヴン先生はそれでも心配そうに私を覗き込む。
「でも、どこに行くにもあいつの部屋を通ることになるんだろ? シャワールームは一つしかないし。気をつけろよ?」
バシンっ!!
そこまで言って先生の教科書がレイヴン先生の側頭部にクリティカルヒットした。
「お前と一緒にするな」
鋭いアイスブルーがレイヴン先生を睨みつける。
いつの間にか言い合いは終わっていた。
そんな2人を見ながら、私はおずおずと手を挙げた。
「あの~、私、先生になら監禁されるのも手を出されるのも、やぶさかではないんですが、一つお願いが……」
ついポロリとこぼれた、私の自分に正直な変態発言に、先生は嫌そうに顔を顰める。
「なんだ」
「私、魔法と一緒に剣も習いたいです。ありとあらゆる戦い方を詰め込みたい。クロスフォード先生がお忙しいのは重々承知です。なので、他の空いている先生方、騎士の方にお相手願えませんか?」
真剣に先生に向き合い、じっと目を見つめる。
そう、これはチャンスだ。
オールエレメンターという素質があるのならば、強くなる余地が十分にあると言うことだ。
それに加えて剣術も使うことができれば……。
私の目的を果たす上で何かあった時の保険としては、申し分ない。
強くならねば。
今の私には、それだけしか考えられなかった。
「……それはなぜかな? 剣も魔法も、と言うのは、並大抵の努力じゃ極めることは不可能だよ。まして君は全属性を学ばなければならない」
フォース学園長が言う。
「私は、強くならないといけないんです。どうしても……やりたいことがあるんです」
私はその桜色の瞳で、じっと先生のアイスブルーの瞳を、そらすことなく見つめる。
時が止まったように思えた。
彼の綺麗な冬色の瞳に映り込んだ私の姿が小さく揺れる。
彼はしばらくその瞳を見つめた後、こくり、と小さく頷いた。
「……良いだろう。ならば私の空いている時間全てを使って、君を鍛える。一度でも根を上げればすぐに指導は中止だ。いいな?」
「!! はい!! ありがとうございます!! ずっと、ずっと、ついていきますとも!!」
こうして私の修行の日々は始まった。
後戻りは絶対にできない。
挫けるわけにはいかない戦いが。
そして瞬く間に騎士団だけでなく教師の間でも私は有名になった。
あのシリル・クロスフォードに睨まれても脅されても恐れない幼女。
むしろご褒美とばかりに喜んでいる節もある幼女。
【グローリアスの変態】として。
……解せぬ。
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