グローリアスの勇者

 パタン──


「先生!! お待たせしました!!」


 ひとしきり抱き枕を堪能してから先生の私室に戻った私が元気よく声をかけると、先生はこくりと頷き「行くぞ」と背を向け歩き出した。


「あ、待ってくださいよ〜」

 そう言いながら、私は先生の黒い背中を追いかけた。



────



 生徒は帰省中とはいえ、誰もいない日というものはこの学校にはない。


 学園の裏には騎士団本部があり、食堂は騎士団と学園の間に設置され共有スペースになっているらしい。


 食堂につけば、騎士たちがちらほら食事をとっているのが目に入る。

 無表情の先生の後ろをちょこちょことついていく少女ーー私に注目が集まるのは当然だった。


「あのクロスフォード騎士団長が……子供を連れてる」

「隠し子……?」

「あの人も人の心持ってたのか……」


 囁かれる言葉と与えられる視線に先生は不快そうに眉を顰め、1番端の席まで私を連れて行くと座るよう促す。

 そして机に置いてあるメニュー本を渡す。


「食べたいものに触れろ。出てくる」

「え、すごいですね!!」


 触れるだけで出てくるの!?

 さすが、魔法の世界。

 感動しながらも私は、試しにトーストセットの絵に触れてみる。


 ポンッ。


 目の前に、温かいトーストと新鮮そうなサラダ、スクランブルエッグとベーコンの盛られた皿が現れた。


「すごい!! 先生!! 出ました!! え、なにこれ、どうなってるんですか!?」

 大興奮で目を輝かせた私に先生は「学園の意思だ」と短く答える。


「学園の?」

「あぁ。このグローリアス学園自体が意思を持っている。食事も掃除もすべて、この学園による魔法だ。古の魔法によって作られた学園による魔法。魔法による魔法だな。君の部屋も、朝には普通の部屋になっていたのではないか? 君の好みに忖度して学園が整えたはずだ」


 そこまで聞いてふとあの抱き枕を思い浮かべる。


 忖度万歳……!!


「魔法ってすごいんですね。じゃぁ学園にありがとうを言わなきゃですね!! 学園さん、ありがとうございます!!」


 にっこりと笑って机を撫でる。

 いやもうほんと、素敵な抱き枕をありがとう。

 私、学園さんが大好きです。


 そんな私を見て、先生が目を丸くして瞬く。


 え、何その顔。

 レアすぎる……!!


 そう感じたのは私だけではないようで、普段表情の変わらない先生の変化を見てしまった周囲の人々はざわつく。


「チッ……」

 それに気づき先生が黙らそうと立ち上がると



「なんか騒がしいと思って見て見れば、シリル、お前かぁ」



 爽やかな声がそれを遮る。


「何の用だ。レイヴン。レオンティウス」


 四方に跳ねた茶色の髪と琥珀色の瞳の男と、ありえないほどの色気をダダ漏れにさせた、ウェーブのかかったプラチナブロンドの髪を束ねた青い瞳の男が、そこにいた。


 2人とも、知ってる。


 ──攻略対象キャラだ。


 私はつい出そうになる言葉をグッと飲み込んで見守る。


「お前、女気が皆無かと思えば、そっちだったのか。人の好みに口を挟みたくはないが、悪い事は言わん。騎士団の捕縛対象になる前に足を洗え。今なら間に合う。……多分」

 茶色い頭をぽりぽりとかきながら男が言う。


「寝言は寝て言えレイヴン。あぁそうか、お望みなら今この場で寝かせてやるぞ、永遠にな。カンザキ、その目をやめろ。真に受けるな」

「先生の好みがそっち系なら、私、この姿のままでいいです!! ウェルカムです!! 結婚しましょう!!」


 あ、見守れなかった。

 我慢できなかった。

 私のお馬鹿。


 思わず我慢できずに向かいに座る先生の黒い手袋に覆われた手を取って言うと、食堂のざわめきが一層音を増した。


 と比例するかのように、先生の眉間の皺も増すことになる。


「君は……」

「あっはははは!! お前面白いな!! このシリルを怖がることなく公開プロポーズとは……!! 自己紹介が遅れたな。俺はレイヴン・シード。Sクラスの担任をしてる。お前はなんていうんだ?」

 大きく笑って先生の言葉を遮り、レイヴン先生が私にたずねる。


 笑顔が眩しいな。


「初めまして!! ヒメ・カンザキです!! 趣味はクロスフォード先生がいかに素敵かを広めることです!! 見た目は子供ですが、中身は大人です!」


 所々で先生の睨みが目に入るけど気にしない。

 なぜなら事実だから。


 するとレイヴン先生はまた人懐こい笑みを浮かべて

「元気があっていいな!! その趣味は理解しかねるが」と笑った。


 何だろう、子犬?

 いやいや、大型犬?


 単細胞系兄貴分というようなレイヴン先生だが、彼も例に漏れず、闇落ちして死んでしまう攻略キャラだ。


 彼には病弱な妹がいる。

 もともと優秀な幼馴染である先生に、知らず知らずのうちに劣等感を抱いて生きてきた彼は、愛する妹の死によって負の感情を暴走させるのだ。

 強い力に飲まれた彼は命を落とす。


 こんなにも闇とは真逆で、元気で爽やかなのに、だ。


「私もその趣味は理解しかねるわね。可愛いお嬢さん」

 低く色気のある声が笑う。

 右目の下の泣きぼくろが色っぽい男性。


「私はレオンティウス・クリンテッド。よろしくね。ふふっ。流れるような黒髪に、綺麗な色の目。10年後が楽しみだわ」


 言いながらレオンティウス様はうっとりと私の髪に触れ、そのひと房に口付けた。


「ぬぁっ!?」

「レオンティウス!!」


 驚き飛び跳ねる私と、声をあげる先生。


 い、色気が……!!

 ダダ漏れすぎる!!

 こっちは耐性ないんだから抑えて欲しい。


「あら、シリル、嫉妬?」

 くすくすと揶揄うように笑うレオンティウス様。


 え、嫉妬?

 嫉妬してくれたんですか?

 期待を込めて先生を見る。


「別に……。私には関係ない事だが、10歳の小娘に手を出すのはやめろ。騎士団の沽券にかかわる」


 抑揚のない声でいう先生だけど、それを見ながら楽そうに笑うレオンティウス様とレイヴン先生の図を見ていると、気安い関係性であることが見て取れる。


 それはレイヴン、レオンティウス、シリルの3人は幼馴染だからだろう。


 そういえば、この国の3大公爵家の人間達が今このテーブルに集まっているこの状況。

 あらためて緊張する。


 そしてレオンティウス様。


 彼はこの物語で珍しい、闇堕ちすることのない攻略対象者だ。

 ただし、ヒロインが15歳で入学した年の冬。

 戦争が勃発し、戦場と化したこの国の中心であるここグローリアス学園でヒロインを庇って命を落とすのだが……。


「ふふっ。大丈夫よ〜。10年後にはちょっと歳の差はあるけど、問題なく恋人になれるわ。Aクラスのドワーフ族のパルテ先生なんて、奥様と20も離れてるんだから」


 隣の椅子に腰を下ろしたレオンティウス様が、私の髪を指先でいじりながら言う。


「しかも当時の教え子だろ? パルテ先生の方が。今でもラブラブで、学園には部屋は作らずに学園から少し離れた森に家を建ててそこから通ってるって言ってたな」

 シリルの隣にレイヴンも腰を下ろし言う。


 その言葉に私は身を乗り出して「本当ですか!?」と反応した。


「お、おう。パルテ先生が当時の担任だった奥方に一目惚れして、アプローチしまくったそうだぞ」


「先生!! 私頑張ります!!」

 アプローチ、大事。

 応えるように先生がため息をつく。


「で、シリル、ヒメは結局お前の何なんだ?」

「そうね、昨日騎士団の演習で会った時はいなかったわよね?」

 琥珀色と青色の目が楽しそうに見ている。


「フォース学園長の知り合いだ。訳あってここで暮らすことになった。10歳ながら、魔力もすでに開花させているようだ。よって、魔法の勉強もさせる」

 異世界云々は伏せて簡潔に説明した先生をチラリと見ると、彼もこちらを見ていたようで、一瞬だけ視線が交わる。


 私は瞬時に悟った。


『お前は余計なことを言うな』


 と言われている。


 きっと。いや絶対に。


 それに答えるようにコクコクと頷く。


「へぇ。フォース学園長の?」

「あぁ。ちょうどいい。レイヴン。彼女に魔法を教えてやってくれ」

「俺?? それは良いけど……。シリルの方が適任じゃないか?」

 驚きながら、おずおずとレイヴン先生が言葉を返す。


 こう言うところで一線を引こうとするのは、彼の劣等感ゆえなのだろう。

 意外と繊細なのだ。


「君以上の適任者はいない」

「レイヴン先生以上に?」

「あぁ。基本属性である、炎・水・氷・土・風・雷。その全てを持っている」

「レイヴン先生、すごいんですね!」


 レイヴン先生てそんなに強かったんだ。

 この気の良い兄さん、早々に闇堕ちするから詳しくは知らなかった。


 攻略中ですら出てこなかった情報に驚く。


「いや、メイン属性の炎以外はそんなでかい力ってわけでもない俺なんかより、シリルだろ。基本属性は水と氷の2属性、それに加えて希少属性の聖と闇もどっちも持ってるなんて、この国でただ1人だしな」


 ニカッと爽やかに笑うレイヴン先生に、私も「はい!!先生は唯一無二です!!」とにっこり笑った。


 その隣でふるふると口元を押さえて「ワンコが2人……!!」とレオンティウス様が肩を震わせている。

 失敬な。


「…………とにかく、普通は15歳で受ける属性検査だが、この後行う予定だ」

 言いながら先生は少し冷めたコーヒーに口をつけた。


「んじゃ俺も暇だし同席しようかな。ヒメの属性気になるし」

「あら、じゃぁ私も見学しようかしら。もうしばらくヒメに癒されたいし」

 言いながらキュッと私を抱きしめるレオンティウス様。


 いい匂い……。

 香水だろうか。

 ふわりと花のような、華やかな香りが鼻腔をくすぐる。


 一瞬絡め取られそうになる思考を、首を横に振って現実に引き戻す。



「わ、私はクロスフォード先生一筋なんです~~っ!!」



 食堂に私の愛の叫びが轟き、間髪入れずにどこからともなく出てきた先生の教科書ハリセンが容赦無く飛んでくるのだった。



 瞬く間に私は有名になった。


 恐れることなくあのシリル・クロスフォードに公開プロポーズをし、愛を叫んだ幼女。


 騎士達の中で密やかに有名人になっていく。



 【グローリアスの勇者】という二つ名とともに。

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