等身大の抱き枕を使用することは最大の推し活です。
カーテンから漏れ出る光に照らされて、重い瞼をゆっくりとと開く。
「ここどこ……」
頭がぼーっとする。
まだ起ききらない頭でほんの数時間前のことを思い出す。
「そっか……。私、異世界転移して……。はっ!! クロスフォード先生!!」
ガバッと起き上がり、私は辺りを急いで見渡す。
するとベッド脇にある質の良さそうな黒いソファに座ってカップに口をつける、黒づくめの男が目に飛び込んできた。
「夢じゃなかった……おはようございます!! なんでもう着替えてるんですか!! 先生のパジャマ姿見損ねたぁぁぁぁ!!」
頭を抱えて泣き崩れる私に顔を引き攣らせながら「言いたい事はそれだけか小娘」と低い声を発する先生。
ハッ──!!
そして私はベッドの上で正座をし、勢いよく土下座した。
「申し訳ありませんでしたぁぁっ!!」
「……何のつもりだ」
眉を顰めて困惑したように言葉を返す先生。
あぁ、その顔も素敵です。ありがとうございます。
でも今はそんなことを考えてる場合じゃない。
「わがままを言ってベッドを占領した上、初日から朝寝坊をしてしまって!! 私ったらなんてこと……!! お願いだから捨てないで先生ぇぇぇぇ!!」
ベッドから勢いよく飛び降りて足元に縋りつく私を、先生は若干引きつつ鬱陶しそうに見下ろし、ため息を一つ落とす。
「引っ張るな。学園長が言い出した以上、君を追い出しはしない。そんな無責任な事はしないし、やるからには君を徹底的に鍛えるつもりだ。そのおかしな脳味噌ごとな」
言いながら先生は私を引き剥がし、ポットの中のものを新しいカップに注ぎ私に手渡す。
「あ、ありがとうございます。──ミルク?」
「小娘にコーヒーは早い」
スッと一口自分のカップのコーヒーを含む。
そのカップに、私はなりたい……!!
私は20歳ですと言いかけたが、わざわざコーヒーとは別に自分のために用意してくれていたと思うと、口元がニヤける。
「気持ち悪い顔をするな。それより早く飲め。それに着替えたら食堂に行くぞ」
渡されたカップを口につけながら彼の視線をたどると、彼の仕事机の上に畳まれた衣類が置いてあった。
「朝起きたら置いてあった」
私は服の上にそっと置かれた桜色のカードを手に取る。
『そこの男には女の子を着飾るという高度な技術を持ち合わせていないだろうから、よかったらこれを着てね。ぴったりだと思うよ。超絶可愛いエルフより』
「超絶可愛いエルフ……フォース学園長?」
と先生を見ると、むすっとしてこくりと頷く。
【超絶可愛いエルフ】っって……自分で何言ってんだ、あの学園長。
確かに可愛かったけども。
「とりあえずそれに着替えることだ。っ…!!待てここで脱ぐな!! 自室にいけ馬鹿者!!」
着替えるように言われて服に手をかけると、怒号が飛んだ。
「はーい」
と返事をして、服一式を持って奥の続き部屋に小走りで向かう。
“自室”という言葉に少しだけくすぐったく感じながら扉を開けると、部屋は昨夜とは全く違うものに変貌を遂げていた。
何という事でしょう……!!
白一色で、水晶に囲まれたベッドとたくさんの箱が散乱したあの無機質で不気味な部屋が、あら不思議。
桜色の壁紙。
日当たりの良い窓辺には白い机と椅子が並べられていて、魔法や剣術についての本が数冊置いてある。
反対側の白いドレッサーの隣には同じ色の猫足の可愛らしい洋服ダンスがあり、中を見ると色とりどりのかわいいワンピースドレスが敷き詰められていた。
散乱していた箱は丁寧に端の方に積み上げられていて、中央にあった存在感の塊のような水晶は無くなり、2人は裕に寝られそうな大きさのベッドだけがそこに置かれていた。
その上にはムスりとした表情の先生の【等身大抱き枕】が転がっている。
「〜〜〜〜っ!!」
何これ何これ何これ!!
これ、私が、抱きしめて寝ても、いいんですかぁぁっ!!
そして私は天を仰いで手を合わせた。
「神か……!!」
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