【SIDE シリル】とある騎士団長兼教師の受難

「くしゅん!」

 バスルームで熱い湯を浴びているというのに、先ほどから悪寒とクシャミが止まらない。


 誰か噂でもしているのだろうか。

 ──と考えたところで、先ほど出会ったばかりの小娘が脳裏に浮かぶ。


 その日は朝から新学期の準備に追われていた。


 生徒達がいない間に、昨日まで騎士団の稽古や会議、きな臭くなってきた隣国へ送っている密偵への指示やら忙しくしていたため、一週間後から始まる授業の準備や学期末のテストの採点が遅くなってしまったのだ。


 普通に考えて騎士団長と教師、公爵の三足の草鞋は厳しいものがある。


 いつの間にか外が暗くなっており、シャワーを浴びて寝てしまおうと立ち上がったその時だった。


 奥の開かずの間の扉から光が溢れたのだ。


 温かい眩い白銀の光は、紛れもなく魔力の放出だった。

 すぐにその扉に手をかけ、ダメ元で引き開けると……



 長い黒髪をベッドに広がらせ、水晶に囲まれて少女が気持ちよさそうに眠っていた。


 一瞬、ほんの一瞬だけ、それは大人の女性のように見えたのだが、瞬きとともにそれが10歳ほどの幼女であると気づく。


 パチンッ


 突如として開かれたのは、美しい淡いローズクォーツの瞳。


 思わず、目を奪われた。

 が、すぐに剣を抜き少女に向け警戒の構えをとる。


 少し話しただけで分かった。

 これは不審者ではない。変質者だ。

 そして変態だ。


 眉間の皺に対してありがたがられるのは初めてだったし、騎士団長でもあるこの私がこれほど殺気を出しているにも関わらず、極めて嬉しそうにもう死んでも良いとニヤニヤする小娘のその思考と勢いに恐怖を感じる。


 偶然なのかそうでないのか突然現れた学園長によって学園長室で話を聞く事になり、彼女が、まことに信じ難いことだが、異世界から来た者であると判明した。


 しかも、この世界のことを知っているという。


 ふと私の脳裏にエリーゼの顔が浮かびあがった。

 この小娘は……知っているのだろうか。

 私の罪を。

 エリーゼのことを。

 だがすぐにそれはないであろうという結論に至った。


 あのことを知っていたならば、私のことを好いているかのような発言になるはずがない。

 むしろそう、恐れるはずだ。



 だが不可思議なことに、この変態は私のことを恐れていないらしい。


 幼い頃から、私の容姿のみを見て群がる女性達が大嫌いだった。


 私がどんな人間か、どんな感情を持っているかなど考えもせずにつきまとう。

 そしていずれは他の男に目移りをするのだ。

 私の母のように。


 私には莫大な魔力もあった。


 そして幼いころから磨き続けた剣の腕も。

 それに加えて勝手に送られる女性からの熱い視線。

 周囲の同性は私に嫌がらせのようなこともし始めた。

 気に入らないのなら放っておけばいいものを。

 どんどん女性嫌い・人間嫌いに拍車がかかっていく。


 嫌いだというのを隠そうともしていない態度のせいか、今や表立って近づこうとする輩は減った。(平和だ)


 生徒には指導が厳しいと恐れられているし、目つきも鋭いので立っているだけで小さな子どもにはほぼ確実に泣かれる。



 な・の・に、だ。



 あの変態は、キャーキャーワーワーいちいち嬉しそうに反応する。


 むしろまことに不本意ながら、好かれているようだ。


 だがそれもきっと今のうちだ。

 私を知っていけば、きっとすぐに恐れるし飽きるだろう。


 体を拭き、黒一色の楽な服に着替え私室に戻る。

 こんもりと盛り上がった布団に目をやると、規則正しい寝息を立てて黒髪の少女が幸せそうに眠っていた。


 「クロスフォード先生〜……良い匂い…! むにゃ……先生好き〜」


 身の危険を感じるのは気のせいだろうか。

 緊縛系の魔法を習得しておくべきだったか……。



 ころん。


 少女が寝返りをうち布団がずれたのを、起こさないようにゆっくりとかけなおす。

 すると彼女の唇が再びもぞもぞと動く。


 「私が……絶対に、幸せにしてみせるから……」


 ……幸せ……か。


 私には求める資格などないものだ。


 「はぁ……、厄介なことになった……。」


 ため息を一つついて、現実から逃れるように私はソファに沈んだ。

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