タイムリミットは5年後
──バタン!!
「いろいろと不審な事には変わりないが、あの人がここに置くと言うならそうそう覆らない。ここに居ればいい。魔法の勉強は明日からだ。くれぐれも部屋から勝手に出るな。今は春休み中で、生徒は皆自分の領地や家に帰っているが、1週間後には学校が始まる」
部屋に戻るなり表情を変えることなく淡々とそう告げた先生。
無愛想だけどきちんと面倒は見てくれようとするあたり、やっぱり先生は真面目で優しい。
好き。
「とりあえず、朝にはまだ早い。もうひと眠りでもしていなさい」
ふと部屋にかけられた時計を見れば、針は12時をまわるところだった。
この世界の時間の数えかたは元の世界のものと同じようで、時計も見慣れた形状のものだ。
「はい!! おやすみなさい、先生」
元気よく挨拶をし、部屋の端の方にあるきっちりと整えられたベッドに入ろうとすると、途端に先生の切れ長の瞳がギョッと見開かれた。
「っ!! ちょっと待て!! 自分の部屋に行け!!」
と奥の続き部屋へと続く扉を指さす。
「え、だってシリルの部屋で生活させてあげて、ってフォース学園長が言ってたじゃないですか」
「確かに言っていたが、続き部屋も一応私の部屋だ。それに、あちらには君が寝ていたベッドがあるだろう」
「嫌ですここで寝させてください」
「馬鹿を言うな自分の部屋に行け変態小娘」
「あの部屋、生活感無さすぎて怖いんですっ!! 水晶と箱だらけだし!!」
「家具なら明日揃えればいい!! 今日は我慢しろ!!」
「い~や~!! 先生のベッドがいいー!!」
「君は二十歳の大人なんだろう!! つつしみをもて!!」
「信じてないくせにこんな時だけそれを持ち出さないでください!!」
押し問答を続ける事1時間。
ついに折れたのは先生の方。──長い戦いだった……!!
「はぁ……。もういい。今日はそこで寝なさい。ただし明日からは自分の部屋で寝ろ」
グッタリとした先生は嬉しそうに布団に潜る私を見送ってから、続き部屋とは反対の扉に足を向けた。
「あれ? 入らないんですか?」
1人用ベッドの上で僅かに横にずれてポンポンと布団を叩き隣に誘う。
私はいつでもウェルカムですよ、先生。
「……シャワールームだ。君は寝ていなさい。それと、間違っても私が君の隣で眠ることはないから、きちんと真ん中で寝ることだ」
それだけ言って、先生は私の部屋へ続く扉の隣の扉へと消えていった。
……覗きたい。
でも流石にそれをしたら
それくらいは私でもわかるぞ。
うん、おとなしくしとこう。
誰もいなくなった部屋で、布団を口が隠れるまで引っ張り上げる。
自然と笑みが溢れる。
あぁ、今日は本当に、なんていう日なんだろう。
異世界転移なんてファンタジーな体験をして、しかも最推しクロスフォード先生に面倒を見てもらう事になるだなんて。
まだ信じられない。
それでもさっき叩かれた後頭部が未だにジンジンして熱を持っているから……うん、現実みたい。
神様グッジョブ。
でもどうせなら大人の姿のままで転移したかったよ!!
顔形は小さい頃の私そのもの。
一つだけ違うのは桜色になったこの目。
いや、まぁ、綺麗だけど……。
──シリル・クロスフォード。
風のような人だと思った。
自分の傷を見られないように、気づかれないように、自分ですら入ることのできないように固く閉ざしたはずの私の心の隙間から、扉をこじ開けてスッ……と入ってきた。
そしてその風は、私の荒んだ心を暖かく包み込んでくれた。
二次元のキャラなのに、彼がもたらしてくれた救いは、私にとっての現実だった。
彼の強く一途な愛情は私には眩しくて、そんなふうに思ってくれる人が世界のどこかにいるんだと──、誰かの代わりじゃない【唯一の愛】があるのだと、私に希望を与えてくれた。
風は、一筋の光になって私を照らしてくれたのだ。
シリル・クロスフォードというキャラクターに出会えたから、きっと私は今まで生きてくることができた。
寂しくて泣きたくなった夜も。
現実に絶望した朝も。
すべて包み込んで、暖めてくれた。
私が笑っていられるのは──先生のおかげ。
だからせめて、私は彼の幸せを願いたい。
そのためなら、私はなんだってできる。
あぁ、今ならわかるかも。
【マメプリ】のタイトルモチーフである、泡となって消えた人魚姫の気持ち。
私は絶対に、泡になって死んだりはしないけど。
だって、優しい先生は、きっと初めて会った相手でも、目の前で死んでしまったら傷つくもの。
その傷を隠して、ただ愛した人の大切な場所を守るために生きていく。
そんな強くて、暖かい人。
だから絶対、先生の前で私は死なない。もちろん先生だって死なせない。
先生が20歳ということは、ここはゲームが始まる5年前。
ここから干渉できるのなら、できることは多い。
さっき春休みと言っていたということは、直近ですべき事は2つ。
私は頭をフル回転させ、今後の予定を立てていく。
先生とヒロインの歳の差は10歳。
今の私と同じだ。
そしてヒロインが盗賊に誘拐されるのは10歳の夏。
村で行われる、夏の実りを祈るカナレア祭の時だ。
ヒロインが誘拐されなきゃ声をなくすこともない。
ゲームのタイトルである【マーメイドプリンセス】の意味がなくなっちゃうけど、10歳の子どもにそんなトラウマ刻みたくはない。
早々に魔法と剣技を学んで、強くならなきゃ。
私はまだ見ぬ物語のヒロイン【クレア】を思う。
ここが【マメプリ】の世界で、ゲーム開始の5年前と聞いてから、私の中でやりたい事は決まっていた。
前聖女エリーゼは16歳で亡くなっているので、同年齢である先生が20歳ということは既に彼女は亡くなった後だ。助ける事はできない。
けれど死者を蘇らせることが不可能なわけではない。
ゲームの先生は死者を生き返らせる研究をし、その禁断の術を探し出した。
そしてその術を使うためには膨大な魔力と生命力がいることを知った彼は、ただひたすらに強さを求めた。
結局は術を成功させる前に魔王が復活し、その力をクレアを手助けるために奮い、エリーゼを呼び求めながら亡くなったけれど……。
──私はこの世界が好きだ。
例え鬱展開ばかりの糞ゲーだろうと、キャラは皆魅力的で好感が持てる。
できることなら、救える人は救いたい。
もちろん最終目標は、先生の幸せのためにエリーゼを生き返らせること。
そのためには、先生以上の力が必要だという事だ。
戦争が始まって、ヒロインであるクレアがフォース学園長の命と引き換えに聖女として覚醒して、皮肉にもその覚醒したことがきっかけで魔王が復活する。
ということは、タイムリミットは戦争が始まる、シリル・クロスフォード25歳の冬まで。
クレアが覚醒せざるを得なくなる前になんとかしなきゃ。
よし、ある程度はまとまったぞ。
とりあえず、キャラクター達の死亡・闇落ちフラグを折りつつ、剣と魔法共に強くなって
あんなに暖かい先生が幸せにならないなんて、私は認めない。
そんなシナリオ、私がぶち壊してみせる。
推しの幸せのために、私は生きる──!!
そして私は、段々と重たくなっていた小さな瞼を、ゆっくりと下ろした。
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