第22話 茶会の裏で

「おやおや……十三人ですか。皆様、ずいぶんとまぁ、頑張りましたね。」


 オゼルの治安を一手に担う警備隊の詰所。その地下には、普段使われていない牢があった。

 通常の牢とは比べ物にならないほどの強度とを誇るその地下牢の中で鎖に繋がれていた男たちは、聞こえてきたひどく冷淡なその声音にぞくりと背筋があわ立った。

「誰だ?!」

 さんざんこの地の警備隊に痛めつけられて捕らえられたにも関わらず、いまだ血気盛んな一人の男が怒鳴り声を上げると、クスクスと笑いながら冷淡な声の主は彼らの前に立った。


「嘘だろう……?」

 呟かれた声音は誰のものだったか。けれど確実に牢の中の男たちの心情を現していた。


「ふふふ、何人かは少し前にもお会いしているというのに……もう私の顔を忘れたと? 薄情ですね。」

 牢の前には、つい先ほどまでロゼに微笑みかけていたゼノンが立ちーーおよそ彼の姫君には見せたことのないだろう冷ややかな表情で男たちをにらんでいた。

 緊迫した空気のなかで、一番年長の男がまじまじとゼノンを見てニヤリと笑う。

「これが名高いミストリア伯爵家の天才軍師か。噂は本物だったみたいだな。」

 ミストリア伯爵家はノヴァスリア帝国北方に領地を持つ。帝都アウラールを北のロメルツェから守る位置にあり、何度かロメルツェによる襲撃も受けていた。


 ……ゼノンがミストリア伯爵家の軍師になるまでは。


 ゼノンが軍師としてミストリア伯爵家に来てから数年で、ちょくちょく来ていたロメルツェからの襲撃はピタリと止んだ。


 当然だ、襲撃の度にえげつない作戦で何度も何度もロメルツェの軍は壊滅かいめつに追い込まれたのだから。

 ……最後には十万を越える大軍勢が、ゼノン率いるたったの三千のミストリア軍に敗走させられたとか。しかもミストリア軍に一人も死者は出なかった。

 この件は、当時おおいに話題となり、ゼノンが天才軍師としての名声を得るきっかけになった。


 ……ロメルツェの王は、ゼノンの名を聞くだけで震え上がって逃げ出そうとするという。その場からではなく、ロメルツェという国そのものから。


 その、天才軍師が目の前にいる。

 正直、オゼルについてすぐ男たちが目にしたのはロゼにでれでれと甘い笑みを浮かべているゼノンの姿だったので、同じ名前なだけのまったく別人かと思ったが。


「どこぞの警備隊長のように誉めてくださっても、何もありませんよ?」

 ふふふと妖艶な笑みを浮かべたままのゼノンの後ろから、この張りつめた空気をぶち壊す能天気な声がした。

「いやいやそこは訓練減らしてくれ。なっ? 俺たち頑張っただろ? さっきお前も頑張ったって認めたじゃねえか。」

 そう言って頼むよー、と手を合わせる茶髪の男には、牢にいる男たちを捕まえようと鬼気迫るようすで追いかけてきた時の真剣さもない。

 会話からしてこの茶髪の男がミストリア伯爵家の警備隊長のようだが、これで大丈夫なのかとむしろ牢の中の男たちのほうが心配になった。


「わかりました、ジョン、あなたには特別に訓練量を五倍にしてあげましょう。楽しみにしていてくださいね?」

 目だけが笑ってない笑みでにっこりと笑ったゼノンの言葉に、ひっと茶髪の男ーージョンが息を飲み、ぶんぶんと首と手を一緒に横にふる。

「勘弁してくれ!! 五倍になんてされたら死ぬ! 死んじまう!!」

 首を横にふった拍子に牢にいる男たちが目に入ったのだろう。あっと叫んだジョンは牢のほうへ向き直った。

「そ、そうだゼノン。こっからいちいち、こいつらの素性を洗うのも大変だろう? だから俺が調べておいてやるぜ! ……ってわけで、な? 代わりに訓練は減らしてほしいなー? 五倍はやめてくれねぇかな?!」


 ーーそう。地下牢に捕らえられている彼らはそれぞれに暗殺の対象は異なるものの、あの茶会に参加した誰かしらを殺そうとオゼルへ侵入した刺客である。


 何とか訓練量を減らしてもらおうと交渉を始めるジョンを、すっと右手を上げてゼノンは制する。

「ああ、それでしたらおおよその見当はついていますので。」


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る