第16話 真打ち登場
「くそっ! 放せ、俺に触るな!!」
その細腕で容赦なくひねりあげるゼノンの手からどうにか逃れようと料理人の男はもがくが、ゼノンはぴくりともしない。
「おや、今さらご自分の罪を自覚して恐ろしくでもなりましたか? ……ですが、残念ながら手遅れですね。」
見た目はにこやかな笑みを浮かべるゼノンだがその目はちっとも笑っていない。それどころか、料理人の男の腕を握る手にいっそうの力を込めてゼノンは
「貴方はよりにもよってミストリア伯爵家にーーそして、私の姫君に刃向かったのです。ミストリア伯爵家でナイフを振り回した以上、その責任はとっていただきますよ?」
ゼノンの端正な
「痛ぇ!! 痛いって言ってるだろうが?! おいやめろ、痛い! 折れるからやめろ、やめてくれ頼む!!」
ぎりぎりと自分の腕を握りつぶす勢いで力をこめてくるゼノンが料理人の男には恐ろしいせいだ。
何とかゼノンの手を振りほどこうともがけばもがくほど、ゼノンの力は強くなり、
「姫さん、ラウラちゃん、無事かっ?! こいつに何もされてないよな!?」
ゼノンから逃げるどころか、背後に立ったジョンによって男はあっけなく羽交い締めにされてしまう。
「もう大丈夫だぞ、俺が来たからな!」
料理人の男には目もくれず、ジョンはロゼとラウラにむけて安心させようとにこやかな笑みを浮かべた。
「遅いですよ、全く。いったいどこをほっつき歩いてたんです?」
料理人の男の手からナイフを取り上げながら、ゼノンがジョンをじとりと
「い、いやな、ほら、俺だって忙しいんだよ、街の警備もあるわけだしさ。」
警備隊長であるジョンの仕事は、オゼロの街の見回りも含まれてはいる。だがその答えはゼノンのお気に召さなかったらしい。
「街の警備、ねぇ……。念のため言っておきますがジョン、カフェテリアのウェイトレスに鼻の下を伸ばして会いに行くのは警備とは言いませんよ?」
にっこりと微笑んだゼノンの声音は鋭く、思わずジョンは背筋を伸ばす。
「いやいやいや!! あれはホラ、街のようすを聞く意味も含めてだなっ! だからべつに遊んでたわけじゃないし、デート気分で浮かれてたわけでもないぞ?!」
言い訳をするかのようなジョンの主張に、ロゼとラウラは顔を見合わせた。
「……浮かれてたのね?」
花屋の娘にフラれた次は、カフェテリアのウェイトレスに恋をしたらしい。
「……浮かれてたみたいですね? 全く、警備隊長さんのお仕事は姫様をお守りすることなんですから、女の人にふらふらしてないで、もっとちゃんとしてほしいですね!」
腕組みをしてプンプンとむくれてみせるラウラは、本人は怒っているのだが本当に愛くるしい。そんなラウラの姿に、ジョンもニヤニヤと笑み崩れた。
「いや、ごめんってラウラちゃん。ラウラちゃんが今度デートしてくれたらまじめに、」
好機とばかりに売り込むジョンの言葉を遮ったのは彼の部下の騎士たちだ。
「皆様、ご無事ですか?! 遅くなって申し訳ありません!!」
慌てたような足音と共にミストリア伯爵家の騎士たちが駆けつけ、男を拘束する。
「遅いですよ、貴方たち。罰として今日から一月の訓練はいつもの三倍にしましょう。」
てきぱきと料理人の男を縄で縛っていた騎士たちの動きが、ぴしりと止まった。さっと血の気を失せた青い顔で、騎士たちは
「ぐ、軍師、どの……??」
「お、おい、何でここに軍師どのが……、」
「さ、三倍だと……!? ただでさえ、きついのに三倍なんてされたら死人が出るんじゃないのか……!?」
まるで幽霊にでも出会ったかのごとくガクガクと震えながら、騎士たちは
口元に手を当てたゼノンが咳払いをした。
「皆さん、手が止まっていますよ? 訓練量を四倍にしてほしいんですか?」
小首をかしげるゼノンの問いに、もげるのではという勢いで首を横に振りながら騎士たちは答えた。
「いえっ! さ、三倍でお願いします!」
「ささ、後のことは我々に任せて、軍師どのは姫様を安心させてあげてください!!」
「では我々はこれで! ……行くぞ!」
料理人の男をあっという間に
その後ろ姿を見ながら、ジョンはからからと笑った。
「おう、頑張れよお前ら! いや~、やっぱ俺って頼りになるだろゼノン? ここに来たのだって俺が一番だったわけだしさ。」
そんなジョンにゼノンが告げたセリフは非情だった。
「……ジョン、貴方への罰は後程。わかっていますね? 仕事中にカフェテリアで遊んでた罰ですよ。……ああ、安心してください、貴方は特別に訓練量を四倍に、期間は三月です。」
「あんまりだぁあああああ!!」
がっくりとジョンは膝をつき、やれやれとゼノンが肩をすくめた。
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近況ノートに天才(災)軍師ゼノンの閑話を投稿しました。
もしよろしければそちらもご覧下さい。
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