第15話 波乱②

「ば、ば、馬っ鹿者ぉ~~っっ! エフォーガン家の! 何をしているんだ貴様は!?」

 自分を助けにきたはずなのに動きを止めたカインの姿に、アランの怒りが爆発した。丸太のように太い腕をぶんぶんと振り回し、カインをののしる。

「動け無能っ! グズ! 役立たず!! 他の者などどうなってもいいから、さっさとこの俺を助けろ!!」

 口からつばき散らしながらわめくアランに答えたのはしかし、カインではなかった。

「ーー黙れ!」

 血走った目をギラギラと光らせた料理人がナイフをアランへとむける。先ほどまでの勢いを失い、アランはひっ、と息を飲みこんだ。

 ーー料理人の雰囲気が、明らかに変わった。そのことをアランも本能で何となく理解したのかもしれない。

「黙れ黙れ黙れ! 俺は無能なんかじゃない! どいつもこいつも俺をバカにしやがって!!」

 ……今まではとにかく無差別にナイフを振り回していた料理人だが、今この瞬間、料理人はアランを標的に決めたのだ。

「く、来るなっ! 何故だ、何でこっちに!?」

 自分が狙われているとわかったのだろう、今まで興奮で赤くなっていた丸い顔を一気に青ざめさせてアランが悲鳴をあげる。

 そのようすにロゼとラウラは互いの顔を見合わせて肩をすくめた。

「……あらあら。あれで無自覚とは恐れ入るわね。」

「……ええ、ますます姫様の婿にふさわしくないですね。」

 怯えきったロベルトとエドワードはこれから起きる惨劇さんげきを見まいときつく目を閉じる。

「ううう……ぼぼボクはも、もうおしまいなんだ……! こ、ここでみ、み、みんな殺されちゃうんだ……!」

「しっ……! あいつがこっちに来たらどうするの?」

 カインは片手で顔を覆って深いため息をついた。

「不用意に犯人を刺激をするからだ……! ラティーシャ家の、とにかくもう喋るな!! 大人しくしていろ!」

 アランを助けようとカインが走り出すのと、料理人の男がアランにナイフを振り下ろすのはほぼ同時。

「やってやる……! 俺はできる、俺をバカにするなっ!!」

 ぎらつくナイフの切っ先に、間に合わないと思わずアランが目を閉じかけた時。


「……あらあら。ずいぶんと好き勝手してくれますね?」


 ロゼの白くたおやかな手に握られた、繊細なレースの扇子が、こちらに背をむける料理人の男の横っ面をぴしゃりと叩いた。

「女……?」

 痛みはさほどないだろうが、邪魔をされたと感じたのだろう、振り向いた料理人の目がひたりとロゼを見すえる。

「おい、女。何のつもりだ? お前もあいつの仲間か? 俺をバカにするのか?」

 ロゼを案じたカインが料理人との間に入ろうとするが、ロゼは下がらない。

「! 危険だ、ミストリア伯爵令嬢!」

「エフォーガン公爵子息様のお気持ちは、ありがたくいただきます。ですがーー、」

 閉じていた扇子をばさりと開き、優雅にひらめかせながらロゼはあでやかに微笑む。それを見た料理人の男とカインが一瞬いっしゅん、動きを止める。

「ここはミストリア伯爵家です。そしてあなたはその客人に刃をむけた。……これがどういう意味か、わかるわよね?」

 ぱしりと手のひらに扇子を打ち付けて閉じたロゼは、その先端を料理人にむけた。

「あなたは、私ーーロゼ・ミストリアに、そしてミストリア伯爵家にケンカを売った。……覚悟はできているわね?」

「くそっ! 奴隷どれいの娘のくせして、偉そうにしやがって!!」

 舌打ちした料理人がナイフを握りしめてロゼへ体ごと向き直り、

「ーー我が姫君の仰る通り。さて、懺悔ざんげの用意はできていますね?」

 柱の陰から出てきたゼノンに、ナイフを握った腕をひねりあげられた。

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