第14話 波乱①

 ロゼたちが会場に戻ると、むせ返るような甘い匂いが彼女たちを出迎えた。会場を出る時には感じなかった匂いの出所を探すまでもなく、テーブルの中央には大きなケーキが鎮座している。

(ケーキ……? こんなに大きなもの、頼んだかしら?)

 お茶会で提供したお茶菓子は全て切り分けられた状態のものだ。にも関わらず、このケーキは大人の男でも抱えきれないほどの大きさのまま、テーブルの上に置かれている。

「遅い! この俺様を待たせるとは何事だ!! ほら、さっさと来い! じゃないと、いつまでたってもあのケーキが分けられないだろうが!!」

 主催者であるロゼがいなかったのでケーキは切り分けられていなかったのだろう。こちらを指さして喚きちらすアランのようすに、ロゼは納得した。

「おい! 聞いているのか!? 全く、見た目も悪い、頭も悪いとは救いようのない女だな!! お前なんぞをもらってやるんだ、ありがたく思え、」

 ドスドスと足音も荒くこちらに近づいてくるアランからロゼを守るように、すっとカインが間に入る。

「……やめておけ。」

 邪魔をされたアランはきつくカインを睨みつけ、泡を飛ばして叫んだ。

「なんだお前! この俺様を誰だと思ってる!? お前なんぞ公爵である父上に言って……、……、……え、エフォーガン家の?! どうしてここにいる?!」

 アランはたしかに公爵家の息子だが、カインもまた別の公爵家の人間だ。自分の脅しが効かない相手の登場に、目に見えてアランがあわてふためく。

「……縁談だ。」

 カインの答えに、脂肪に埋もれた目をかっと見開き、ワナワナと震えるアランは口を開くが、うまく言葉が出てこない。信じられないものを見たと言わんばかりのアランの横をわざとぶつかってエドワードは通り抜けた。

「あ、ロゼ様やっと戻ってきたんですね? こんなみっともない男はほっといて、あっちで一緒に食べません?」

 にこやかな笑みでロゼを誘うエドワードに、苛立ったアランが声を荒げる。

「おいお前! 誰がみっともない男だと?! 俺様は世界一かっこいい男だ!!」

 肩をすくめたラウラはあっと大きくため息をついて、ロゼだけに呟く。

「……こいつらほっといて食べましょう、姫様。さ、こっちですよ。」

 ラウラと互いの顔を見合わせたロゼは、深く頷きあった。

「……そうね、そうしましょう。」


「う、うわぁ……! お、美味しそう……! ろロゼ様、食べていい?」

 甘い物に目がないロベルトが、ロゼの返事も聞かずにテーブルへ近づく。そばに立っていた若い料理人の男がロベルトに笑みをむけた。

「どうぞ。」

「わあ、あ、ありがとう!」

 ケーキを受け取り、満面の笑みを浮かべたロベルトのようすに焦ったアランが料理人に詰め寄る。

「おい! 俺様のほうが先だろうが!!」

「あーもー、ちゃんと順番守って! 次は僕だからね!」

 先に並んでいたエドワードがアランを叱りつけ、少し離れたテーブルで紅茶を飲んでいたカインが苦笑した。

 自分が先だと料理人に詰め寄るアランとエドワード、お代わりをしようとまだ近くにいるロベルト。三人が料理人へ一歩近付いた、その刹那せつな

「ーー死ね!!」

 キラリと光ったのは、先ほどケーキを切り分けたナイフ。料理人の男は、いきなりぶんぶんとナイフを振り回す。

「……っ、……!」

 唐突な出来事に硬直したエドワードは、喉の奥でひきつった悲鳴をあげた。何が起きているかわからず、指先すら動かせないエドワードの横で、頭を抱えたロベルトがしゃがみこむ。

「ひ、ひぃい! ここ、殺さないで……!! お、おお願いします!!」

 エドワードと同じように動けずにいたアランは、辺りをキョロキョロ見回してカインを見つける。

「お、おい! エフォーガン家の! お前は騎士なんだろ?! そんなところで見てないで俺様を助けろ!!」

 そっと料理人の背後へ回ろうとしていたカインはその叫びで料理人に気づかれてしまう。

「お前は、いつの間に……! く、来るな! こいつらがどうなってもいいのか!?」

 音もなく近付いていたカインの存在に顔を青ざめさせた料理人は、すっかり怯えきって更にぶんぶんとナイフを振り回す。……今にも手からすっぽ抜けて誰かに刺さりそうな危ない手つきだ。

「っ、わかった。今は動かない。……ほら、これでいいだろう?」

 これ以上料理人を刺激しないよう、立ち止まったカインは両手を挙げてみせた。

「そ、そうだ! そのままだ、動くなよ!」

 見るからに強そうなカインが攻撃の意思がないことを示してみせたため、ほっとしたように料理人もいったんはナイフを振り回すのをやめた。

「え、やっぱりあいつバカですよね?」

 ……そんな状況ではないのにラウラの呟いた一言は物凄く的確だった。

「ラウラ……。」

「だって、あのまま黙ってたらカイン様の助けがきたでしょうに。自分で勝手に状況を悪くしてません? 間違ってもアレだけは姫様の婿にしたくないですね!」

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