第9話 二回戦
「ミストリア伯爵令嬢。」
悲鳴に近いアランの叫び声を背に歩いていると、ロゼに声がかかった。耳元でささやかれたらご令嬢たちが目眩を起こしかねない、低く深みのある声だ。
「ようこそ、エフォーガン公爵のご子息。この茶会は楽しんでいただけましたか?」
しとやかにお辞儀したロゼの問いに、短い銀髪の男……カインは眉間に皺をよせた。
「なぜ、茶会なんだ?」
人によっては恐怖を感じるほどの、唸るような声音で尋ねられる。不満を隠そうともしないようすのカインに、ロゼは小首をかしげた。
「なぜ……ですか? 親交を深めるために茶会を催すのは、貴族ならよくあることでは? 私たちは婚約者候補なのですし、皆様と交流したいと思うのは、当たり前でしょう?」
この茶会自体、ゼノンに仕組まれたもので、ロゼ自身はちっとも彼らと仲良くなりたくなんてないが。
にっこりとロゼに笑みをむけられたカインは、ご令嬢たちに人気の、憂いを帯びた美貌を苦しそうに歪めて、ため息をついた。
「……酒がない。」
きゃーすてきー、などとロゼが他のご令嬢たちのようにときめくと思ったら大間違いである。こちとらカインの酒ぐせの悪さなんぞとっくに知っているのだから。
(だと、思ったわよ!! っていうか、初対面の家にお呼ばれして酒の無心って……。)
婚約者候補として以前に、人としてどうかと思う。
「本日は茶会ですもの。お酒ではなく、お茶とお茶菓子を楽しんでいただきたいわ。」
口元に手をあててコホン、と咳払いしたロゼはちらりとカインに視線をむけた。
「もちろん、親交を深めるという目的ならパーティーでもかまわないわ。けれどお酒は時として人を惑わすもの。」
パーティー形式にして酒を出せば、間違いなく羽目を外す輩が出てくる。……その筆頭候補は、目の前のこの男だが。
「むろん、そんな輩が出れば騎士として私が対応しよう。だから安心してかまわない。」
誇らしげに胸を張るカインのようすに、どの口が言うのかとロゼは苦笑する。
(まあでも、酔った時のことは酔いが醒めたら忘れることが多いって言うしね。)
それならカインが自分のしでかしたことを理解してないのもおかしくはない。……ないのだが、酔った時の記憶がないぶん、よりいっそう面倒くささが増したというのがロゼの感想だ。
「そうそう、エフォーガン様はずいぶんお酒を好まれるそうね? あなたとご一緒した第二騎士団の方があわや切り捨てられるところだったとか。」
自覚がないなら、させればいいだけだ。というか、自覚させないとこの男の酒ぐせは本当に危ない。周囲に迷惑がかかりすぎる。
ついでに可愛げのない女だとアピールできてちょうどいい。
「は……? 私が切りつけた、と?」
ロゼの言葉が理解できなかったのか、ぽかんと口を開けているカインの姿はどこか幼い。そんなカインにしっかりと現実を突きつけるべく、ロゼは深くうなずいた。
「これで私がお酒をお出ししない理由がおわかりいただけたかしら?」
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