第7話 初戦①

「これがミストリア伯爵家の茶会か。ふん、やはり格下の家では品というものがない。」

 苺のタルト、桃のムース、きらきらと宝石のようにかがやくフルーツいっぱいのショートケーキーー料理人たちがつくりあげた繊細なスイーツたちが、瞬きひとつのあいだに消えていく。悪い魔法のようだ。

「おい! 皿が空になっただろうが!! 早く代わりを持ってこい!!」

 姿絵とは打って変わった、縦にも横にも大きい男の胃袋のなかへと。

「は、はい! ただいまお持ちいたします!!」

 相手は腐っても公爵家の者なので、伯爵家であるロゼの家の使用人たちは男の怒鳴り声に怯えながらお辞儀した。

「まったく、出てくるものが二流なら、使用人の質は三流だな。これで伯爵とは、笑わせてくれる。」

 嫌味たらしく鼻で嗤う男の傍らには、べったりと張りつく美女が三人ほど。さすがに三十人全員は連れてこられなかったらしい。

「仕方ないですよ、ここはたかが伯爵なんですからぁ。」

「そうそう、ラティーシャ公爵家と比べたら可哀想じゃないですかあ。」

 クスクスと笑った美女のひとりが甘えるようにラティーシャ公爵家の十男にしなだれかかると、ちらりとロゼに視線をむけた。

「それにしても、ミストリア伯爵家の一人娘が黒髪って話、本当だったんですね。あんなのと結婚しなくちゃいけないなんて、アラン様可哀想……!!」

 口元に歪んだ笑みを浮かべた栗色の髪の美女のセリフに、ロゼは苛立ちを覚える。

 あんなのとはなんだ。むしろ、あなたの隣にいる男のほうが、よっぽど不良債権だろうが。

「俺だってあんなけがらわしい髪の娘なんて、願い下げだ。だが、まあ、あんなのでも伯爵家の跡取りだからな。せいぜい、お前たちと楽しむための役に立ってもらうさ。」

「きゃっ、アラン様ってば!」

「アラン様、大好き!!」

 ゴミ極まりない発言をするアランに、それを喜ぶ愛人たち。……さっさとお帰り願いたいものだ。

 遠い目をするロゼのうしろで、控えていたラウラが低い声で呻く。

「姫様の美しい髪が穢らわしいわけがないでしょう……!! この美しさがわからないなんて、やはり姫様にふさわしくない!!」

 憤るラウラの声がアランに届いていないことにほっとしつつ、ロゼはうなずく。

「……そうね、私もラウラたちがせっかく頑張ってくれたのにあんなことを言われるのは不快だわ。」

 時間がないなか、ラウラをはじめ侍女たちはロゼの髪をサイドで編み込み、緩く巻いて見栄えよく仕上げてくれたのだ。彼女たちの努力まで否定された気がして、ロゼはこみ上げてくる不快感に拳を握った。

 そのままアランと愛人たちの元まで歩いていくと、ロゼは優雅に腰を折った。

「はじめまして、ラティーシャ公爵のご子息様。」

 だがアランのほうは礼を返すでもなく、腕組みをしてふん、と鼻を鳴らす。

「ようやくあいさつにきたのか! 遅い!! 夫を待たせるとは何事だ!!」

 すでに自分がロゼの婿に決まったかのような口ぶりに、ロゼはにっこりと笑う。

「申し訳ないけど、あなたが私の夫になるとは限らないわ。」

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