第3話

「姫様……」

 姿絵を放り投げ、頭を抱えるロゼに気遣わしげな声をかけたのはロゼの侍女、ラウラだ。お下げにした赤毛を揺らし、ロゼの元まで近づくとラウラは姿絵を手にとった。

 とたん、ラウラの愛らしい顔がゆがむ。

「廃棄しますので、少々お待ちください。」

「さすがにダメよ。」

 思わずラウラを止めたロゼは、緩く首を横に振る。

「ただでさえ我が家は下に見られているんだから……」

 ロゼの母は、異国から売られてきた奴隷だ。その黒髪も、黒い瞳も、ロゼにそのまま受け継がれている。……このノヴァスリア帝国でただ一人、ロゼだけが持つ色だ。

 異国の奴隷を妻にしたことで、ロゼの父は他の貴族たちからいくつもの嫌がらせを受けた。今回のことも、その一環なのだろう。

「せめて、私がお父様に似ていればよかったのにね。」

 苦い笑みを浮かべたロゼにラウラは一瞬押し黙りーーおもむろに姿絵にふれた。

「えい。」

 愛らしい掛け声と共に、姿絵がぐしゃぐしゃに握りつぶされる。そんなことをして大丈夫かとロゼは不安になるが、ラウラはにっこりとほほえむ。

「破ってないので、セーフです!」

 ……そういう問題だろうか。

「とはいえ、どこも家より家柄が上だから困るのよね。」

 ロゼとて、できるものならこの姿絵の中から婿を選びたくはない。

「穏便に、向こうから諦めてもらえればいいんですけどねー。」

 ラウラと二人、顔を見合わせてため息をつく。今日だけでどれほどの幸せが逃げていったのか、数えたくもない。

 諦めて残りの姿絵も見ようとロゼが椅子に座り直した時、ノックの音がした。


「姫ぇええええええ!!」

 ノックと同時に金のかたまりがロゼの部屋に飛び込んできた。そのようすに、控えていたラウラが咳払いをする。

「ゼノン様、姫様はまだ返事をしておりません!」

「おや、これは失礼。ですが一大事なのです! 姫、婿取りの話は本当なのですか!?」

 いつものらりくらりしているゼノンが珍しく焦っていることに、ロゼはまず驚いた。思わず呆気にとられるロゼの肩に、ゼノンには手が乗る。

「え、ええ……でも、お相手がちょっと、」

 問題があって、と言いかけたラウラをの口を、ロゼが手をあわててふさぐ。

「大変素晴らしい方たちよ。どの方にするか迷っているの。だからゼノン、あなた、私の婿選びを手伝ってちょうだい。」

 ロゼの言葉に驚いたのか、ゼノンが真顔になる。いつもへらへらしているこの男にしては珍しいとロゼが息を飲んだせつな、元の笑みを浮かべて恭しくゼノンは膝を折った。

「仰せのままに、私の姫君。完璧な花婿を用意してごらんにいれます!」

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