ある日の放課後その4 わりとオリジン:KAC20227

石狩晴海

ジ・オリジン

 出会いが突然なら、別れはもっと唐突だった。


 魔蟲アンダルシアの迎撃戦。

 ギリギリで勝利を手に取り覇王軍に奪われたわたしは、聖龍の仲介によりこうして無様に寝転がっている。

 曇天のアスファルトの上、雨が降り体温を奪ってゆく。

 先程まで身体を強固に守っていた封印は解かれ、切り裂かれた部位から、血が流れ出てたのは一瞬。癒龍機のアビリティで完治された。


「世話をかけたダギャ」


 ペトペトと水に濡れた足音を立てて、シリスが歩き去る。

 わたしの膝上程度の小さな体躯。間抜けなトカゲのぬいぐるみ。世界を守るために小さくなってしまった神様。


 行かないで。


 声すらでなかった。

 起き上がれる体力は残っていない。

 疲労が腕脚を縛り付ける。

 アンダルシアとの死闘で、わたしの身体はボロボロになった。形を保っていられたのはシリスの加護があったから。こうして今五体あるのは聖龍の癒やしのおかげである。


 思う。自分はシリスの足枷にしかなっていなかった。

 降って湧いた異能力に浮かれ大言壮語を放った。


 神様を助けられたんだから、世界だって救ってあげる。


 顔を濡らす雨に涙が交じる。

 なんて傲慢。

 借り物ばかりの力で、実際には非力な小娘でしかないのに。

 シリスが一つの世界を見切るのに同意する理由は、ただ一つ。わたしを助けるため。


「安心せい。ここ数日間の記憶は消去されるダギャ。

 オンシはなんも覚えとらん。何もしとらん。

 今まで通り普通の生活に戻れるダギャ」


 ちがう、そうじゃない。

 わたしが言いたいのは……。


 わたしは意思を貫きたかった。

 放蕩する同級生たちとは違うと証明したかった。

 大きなことを成し遂げたかった。


 これは自己満足に他人の揉め事を利用したツケだ。

 自分はこんなにも小さな存在なのだ。


「ほな。さいなら」


 トカゲのぬいぐるみが手を振る。

 別れの挨拶だ。


「……うそつき」


 全身全霊、体中の力を絞り出して、ようやくそれだけの言葉が出た。


 一緒に弟さんを助けようと言ったシリスに対して。

 世界を救うと豪語した自分に対して。

 嘘をつくなとなじる。


 まだやれる。まだできる。

 心のどこかの片隅では、克己の力が未だ燃えている。


 しかし、一度接続を決めた離龍機を押し止めるまでには至らなかった。


 ごーんと重く大きな扉が閉まる音がした。


 残されたのは、雨に濡れ悔し涙を流すただの女子中学生だけだった。





「そんなことがあったんですか」

「主観時間で5年も前の出来事だ。話していて恥ずかしい昔話だ」


 放課後の図書準備室。最近の流れでなんとなくお邪魔している鈴井すずい雪那ゆきなは、理数学部の活動を手伝っていた。

 その作業中、先輩である立川たちかわめぐむの話に強い興味を惹かれた。


「主観時間?」

「実時間の総計は12000を超える」


 恵は淡々と大判の半紙に円周率を書き出している。


「ふへぇっ! 単位は?」

「同じだよ。それだけの時間を経ても人間らしくふるまえるのは、放浪した世界事に記憶を封印しているからだな。

 もし連結しようものなら、自己人格など紙よりも軽く消し飛ばされてしまう」

「自分の記憶を封印とか、本当に超能力なんですね」


 一万二千年に及ぶ再封印の旅。

 うっすらと概要だけは聞いていたが、こうして数字に出されると想像の範囲に収まらず混乱する。


「それにしても、世界システムから切断されたのに、よく牧ノ字くんたちと合流できましたね」

「一生を使った賭けに勝てたからな。一番最初の立川恵は、本当に幸運だった。

 ついでに言えば、カナトは旅路の途中で見つけた拾い物で後付けの若い区分けだ」

「例の盗掘屋ですか。見てみたいなあ。牧ノ字くんの本体。

 巴馬はばくん以外の龍の神様とは、ちょっと出会う勇気はありませんが。恐ろしくて。

 でもシリスなら見てみたいかも。トカゲのぬいぐるみって親しみやすいし」


 数列が書かれた半紙を巻き取りつつ雪那がから笑いする。

 笑い返す恵。


「ほほう。人の婚約者に興味があるのか」

「婚約?」


 意外な言葉に雪那の手が止まる。


「ああ、博嗣ひろつぐとは世界再編の後、障害無く出会えたなら連れ合いになろうと約束したんだ。

 今世こんせいでも有効で、幼馴染の婚約者をしている」

「だってぬいぐるみって言ったじゃないですか」

「それは再編前の、しかも覇龍機たちに打ち負かされて弱体化した状態だ。

 システム上でも透の兄なんだ。並の生態はしていない。

 本体は邪眼の主と呼ぶべき巨躯のドラゴンだぞ」

「ですよねー。あてがはずれたー」


 雪那ががっくりと項垂うなだれる。


「でもそうすると、先輩の属性がまたまた増えるってことですか。一万年以上の恋人同士とかすごいの来ましたね」

「生まれるたびに関係をやり直しているんだ。こちらからしたら妥協の産物で、ロマンスがあるものじゃないぞ」

「あーあ、私も先輩みたいにスタイル整っていて、髪が綺麗で、勉強も出来て、神様の婚約者が居る世界に生まれたいな」

「口で言っているだけじゃ、理想の自分になれないのは確かだ。ほらさっさと100桁まで円周率を書き出すぞ」

「はーい」

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