第一幕 その四

「お迎えにあがりました」

 開口一番、男はそう私に告げた。隣にいるマイカには見向きもせずに、ただ私だけを真っ直ぐに見つめて。一体この男は何を言っているのだろうかと、単純に疑問に思った。

「ああ、いきなりこんなこと言ったって困るか。疑問点は? 言ってもらえれば可能な限り返答しますよ。それが俺のお仕事なんで」

 疑問点を言えと言われても。困ってしまった私の様子を見て、ああ、と男が呟く。

「声が出ないんだろう? 手話でいい。わかる」

 この男、どうして知っている? そうだ、私は声が出ない。生まれつきではない。所謂心因性だ。だけどそのことは、子どもたちとメイしか知らないはず。職員が知っているかは微妙だが、望み薄だろう。

『どうして声が出ないことを知っているの?』

「あなたのことをよく知っている人に教えてもらったんですよ」

『よく知っている人……メイかな』

「お、正解」

 へらへらしたこの男、底が知れないな。少しばかり不気味だ。こちらに敵意を向けていないことが救いか。多分私じゃあ彼には勝てない。

『名前は?』

「アカツキと名乗っておきましょうかね」

『本当の名ではなさそうだけれど、まあいいや。それで、迎えにきたというのは?』

「とある方に、あなたを自分の元に連れてくるようにと命じられました。なんで、俺と来てもらいたい。今はここまでしか言えません。とにかく俺と来てくだされば、すべて分かりますよ」

 男、アカツキは始終へらへらと、しかし強い意志を感じられる口調で言い切る。ほとんど何の情報もないこの状況で、俺と来てもらいたいだと?

『随分とふざけた話だな』

「まあそう思いますよね」

 ふう、と困ったように息をつくアカツキ。すると唐突に、あっ、と声を上げた。

「そうだそうだ、こんなときのあいつじゃん。とりあえず図書室借りてゆっくり話しましょう。俺よりも信頼できる人間がそこにいるはずなんで」

『メイ?』

「御名答」

 まあ、話をしないことには始まらないか、と自分を納得させて、連れ立って図書室まで歩く。アカツキは、マイカを同席させるのを少し渋ったが、押し切った。

 図書室のドアを開けると、案の定メイがいた。図書室は、部屋の奥側に本棚が並び、手前には六人がけのテーブルが二つ並んでいる。そのテーブルの、ドアから遠い方。そのテーブルで、メイは書類仕事をしていたようだ。

「よう、相棒」

「おー。あ、エトラちゃんにマイカちゃんも。うん、わかった。アカツキと私でちゃんと説明するから、座って」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

願わくば君が幸せであらんことを(仮題) 青依 月 @Heart-is-diamond

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ