第一章 その三

 この孤児院の食事は、いつだって冷たい。今日の朝食は、ぱっさぱさのパンと冷めに冷めたスープ。巷では食事は楽しむものらしいが、私たちにとっては作業だ。

「ねえマイカ、レイはもう大丈夫なの?」

「うん、大丈夫。エトラがすぐに駆けつけてくれたおかげで、軽い打撲しかしてないよ」

 私とマイカ、そして縦割り班の班長達は同じテーブルで食事をする。食事はついでで、情報共有の場という意味合いが強いが。

 レイを心配していた班長達は、ほっと息をついた。そもそもレイだって同じ部屋で今現在食事を摂っているのだけれど、きっと私達の口から大丈夫だと聞くまで安心できなかったのだろう。

「そういえば……今日から新しい職員が来るって聞いたよ」

「え、何それ。どこで聞いたの?」

「さっき、食堂に来るときに職員が話してるの聞いた」

 班長の一人のフウキからもたらされた情報に、私とマイカは目を見開いた。珍しい。この施設が新しい職員を雇うなんて何年ぶりか。大人達は変化を嫌う。薄々自分達の罪深さに気がついていて、それを誰かに指摘されたくないのだろう。

「ご飯食べたらメイさんを探そう、エトラ」

「俺達は一応、子どもたちの側を離れないようにする。情報収集はエトラとメイに任せるよ」

「うん、よろしく。えっ、ちょっと待ってエトラ、もう食べたの?」

 皆の話を聞きながら機械的に手を動かしていたら、もう食べ終わった。それを見たマイカが焦る。ゆっくり食べるように言うけれど、口に無理矢理詰め込むように食べ出した。しまった、もう少しゆっくり食べるべきだった。

「はいごちそうさま! エトラお待たせ、行こう」

 マイカと共に、食堂を後にする。食器類はキッチンに置いておけば職員が洗う。それくらいはやってもらわないと。

「新しい職員かぁ……どうする?」

 どうするか判断するのは、メイに話を聞いてからだ。メイは今どこにいるだろうか。彼女は事務仕事の担当の上に気まぐれだから、いる場所がばらばらだ。とりあえず彼女のお気に入りの場所の一つ、図書室に向かおうとマイカに提案する。

「そうだね」

 マイカと並んで、図書室を目指す。食堂から図書室までは少し歩く。階段を一階から三階まで登り、廊下の突き当りを目指す。そこが図書室だ。

 三階に着いて数歩歩いたところで、嫌な気配がして項が泡立った。振り返りざまに右足を蹴り上げる。当たった!

「あっは、ひどいなぁ」

 立っていたのは、職員の若い男。見たことがあるような気がする、といったほどの印象しかない。それよりも。確かに蹴り上げた足が当たったはずなのに、痛みを感じていないようだ。薬でもやっているのか? そして男の手には、鈍く光るナイフ。

「ねぇねぇ君さぁ、僕の気持ちを知っているのにどうして無視するのぉ? ねぇ、何か言ってよ」

 気持ち? なんのことだ。私は何も知らないぞ。その上何か言えだと? それは無理な相談だな。私が男に呆れ返っていると、マイカが私の左側にするりと擦り寄った。怯えているのではない。私のコートのポケットに入っているものを取ろうとしている。私も、右手をコートのポケットに突っ込む。

 何も言わない私に勝手に激高し、何かを喚いた男は、ナイフを振り上げる。仕方ないか。そう思い、ポケットに鞘を固定しているナイフを抜き取る。その時だ。

「子どもがそんな剣呑なもの持つことねぇよ」

 私たちの背後から知らない男の声が聞こえて、次の瞬間には目の前の男が地面に転がされていた。呆気に取られているマイカを下がらせ、新たに現れた男を警戒する。男は私を見て、ふわりと笑った。

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