第31話 悪質情報屋を尋問

「な、なんだよあんたら……」


山浦くんは、客を装って入ってきた僕と荒砥さん……特に荒砥さんの形相を見て、竦んだ。

一方僕は、その顔を見て驚いた。上坂くんに殴られたであろう青痣にじゃなくて、「泣き叫ぶまでいたぶってやる」と呟いていた男子だったからだ。


「客、じゃない、な?」


青黒く腫れた左目を庇うように構える。構えから見て武術の覚えはなさそうだ。


「たとえ客でも、貴様だけには頼まん。隠岐に頼んだ方がまだマシだ。少なくとも強請の真似事はしないだろう」

「ひ、やっぱり上坂達が差し向けたのか……」


逃げようとしても、部屋の入り口は僕たちが塞いでるし、窓の前には本とCDが積んであって逃げ出せない。

ここは、山浦くんが勝手に使ってる半私有スペースだ。AK部と似たようなものと考えていい。


観念して、小刻みに震える両手を上げる山浦くん。


「できるだけ優しくしてくれよ?まあ、俺の顔が腫れてても笑われるだけだけどな……」

「そんなことはどうでもいい。それより、お前に聞きたいことがいくつかある」

「聞きたいこと?何だ、何でも聞いてくれ」


殴られる回数が減るんだったら、国家機密でも銀行口座でも教えるぞとばかりに身を乗り出す。僕も、こういう人には頼りたくない。じゃあ隠岐さんに頼りたいかと聞かれると、悩ましい。


「一昨日、上坂たちに襲われたと聞いた。何時ごろの話だ」

「はあ?そんなもん上坂にききゃいいだろ。あんたらの飼い主なんだろ?」

「無駄口を叩くと、歯を折る」

「やめてくれ!一昨日の、確か十五時くらいだった!廃園で取引してたら、あいつらブチ切れて殴ってきた……おかげで、これだ」


痛々しく腫れた顔を突き出す。

どこをどう弁護しても、自業自得としか言いようがない。


「ねぇ、山浦くん」

「なんだよ」

「山浦くんは、一応情報屋なんだよね?それなら、少し弁えておかないといけないと思うんだ」


山浦くんは、上坂くんに望まれた情報を売ったわけじゃない。

有岡くんの手拭いを盗んで工場の更衣室あたりに放っておいた。吹石くんから聞いたことには、とても大切にしている手拭いらしい。その日の授業日程から考えても工場以外で無くしたとは考えにくい。同じクラスの山浦くんは有岡くんがそれを大切にしてるのを知っていたから、絶対に廃園を通って取りに戻ると見越していて、それを上坂くんたちに売り付けたんだ。

もちろん情報屋としての倫理に反した行為だけど、重ねて上坂くんたちの失敗を強請るとは、流石に悪質すぎると思う。


「あんまり調子に乗った鳩は、撃たれるしかないんだ。君はとっても怖い人に目をつけられてる。気をつけた方がいいよ。あの人は、上坂くんたちみたいに優しくないから」

「え、え」


おろおろしながら、縦横無尽に目を泳がせている。

多分、まだ何か隠し事があるんだろう。


でも、これで大方の剣道部員のアリバイは確認できた。

そして同時に、山浦くんのアリバイも確認できた。


「貴様、他に隠していることはないだろうな?」

「あ、いや、まぁ」


なんて分かりやすいんだ。

すっかり参った様子の山浦くんは、痣を庇ったまま、風に煽られる紙束のようにぺらぺら喋り始めた。


「いやなんだ、その……綾森湖衣のことなんだけど、な。ちょっと、彼女のことを調査して、逐一報告してくれって頼まれててな……いや、俺は断ったんだぜ?でもなんかやばそうな奴だったから……」

「何?綾森を」

「あ、もしかしてあのストーカーのことか」


ストーカー、の単語に荒砥さんが反応する。

そういえば、あのことはまだ隠岐さん以外に話してなかった。

訝しむ荒砥さんに廃園で見たことを説明する。


「……綾森は、いろいろ苦労しているのだな」

「そうだね。仇討ちに、ストーカーが二人」

「小野寺を含めれば三人だ」

「おっと忘れてた」

「仇討ち?何の話だ詳しく頼む」

「貴様には関係ない。首をっこむなら叩き斬る」

「ひぇっ」


スッポンみたいに首を縮こませる。

それにしても、意外なところでストーカーの正体が割れた。山浦くんが綾森さんの大まかな行動範囲を記録して、それを頼りに依頼主がストーキングする。

物事は、案外繋がってるものだ。生徒数三千といえど、結局狭い世間の一部に過ぎないんだ。


最後に、ストーカーの名前も聞いた。

二年C組、前谷上智まえだにじょうちくん。

C組ならば、風間さんと同じクラスだ。

会議が終わった後に風間さんにはストーカーの身元特定をお願いしたけど、簡単に調べられると請け合った理由もわかった。


「なぁ、もういいだろ?知ってることは全部話した」

「……」

「もし今後、私や陛下の周りで不始末をしでかしたら、容赦なく斬る。情報屋ならば、領分を守ることだ」

「わかりましたよ……ああ全く、綾森といい御令嬢サマといい、最近の女はこうもおっかないのか……」


上坂くんと同じことをこぼしながら、首肯する。

荒砥さんは、僕の方をもういいか、という目で見てくる。

僕は肩をすくめて、部屋を出る。


「隠岐は胡乱な奴だと思っていたが、情報屋というのはああいう輩ばかりなのか」

「うーん、どうだろう。神集くんは……あれもまたユニークな人だしなぁ」


彼も命の大切さは知ってると思うけど、一方で荒砥さん相手でもセクハラを躊躇わないであろう勇者かつ冒険者である。

そして、明日は神集くんに会いに行くつもりだ。大谷さんについて、情報を得たいから。

荒砥さんも同行することになると思うんだけど、荒砥さんが神集くんの猥語ガトリングに耐えられるかわからない。荒砥さんの剣に神集くんの首が耐えられるかは、まぁおおよそ見当がつく。

何せ、女の子から忌み嫌われることに関しては天賦の穎を与えられてるから、僕は心配になって事前フォローを試みた。


「ねぇ荒砥さん。セクハラってどう思う?」

「唐突にどうした。セクハラ、か……怠惰な人間のやることだな」

「怠惰?」


予想しない答えが返ってきて、面食らった。

傾き始めた日差しに歯向かうように歩きながら、僕たちは話す。


「勤勉な人間は、そういった歪んだ性欲を溜め込むような暇を持たないだろう?一時の欲求を抑え込めない時点で、鍛錬が足りないのだ」

「なるほどね」


神は乗り越えられない誘惑を与えない。新約聖書の、コリントの信徒への手紙にある言葉。

乗り越えられないのは万物どれのせいでもない、己の不甲斐なさでしかない。

しかも、神は逃げ道まで与えてくださっている。立ち向かいもせず、逃げもしないなら、それは歩みを止めているのと変わらない。それはすなわち、怠惰なのだろう。


「じゃあ荒砥さんは、痴漢とか卑猥な発言をする人には怠惰だなぁと思っても、特別憎いとか思わない感じ?」

「む?まぁ、下郎に沸く感情はないな。どうした、まさかさっきのストーカー扱いを気にしているのか?事情はわかっている、気にしてくれるな」

「あはは……まぁ、気にしないよ」


都合よく勘違いしてくれたみたいで良かった。とりあえずこの分なら、神集くんの首は無事かもしれない。最悪腕の二本や三本は仕方ないと思うことにしよう。


「まぁ、その様な下郎は無言で成敗するに限る」

「え」

「もちろん状況を鑑みた上でだが。そうだな、例えば相談に託けて嫌らしい行為を強要するような男は地獄に落ちるべきだと思う。さっきの山浦あたりは、そういうこともしていそうだな」

「あはは……あれは多分、女の子相手に強く出られないタイプだと思うよ」


適当に返答しながら、僕は神集くんの首塚をどこに設けようか思案していた。

日の傾きが、徐に角度を鋭く変えていった。

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