第30話 男子剣道部員を尋問

まずは、鎹先輩たちを尋問する。稽古場を締め切って行った。普段は開け放たれている白石の庭への木襖も、今日は陽の光を通さない壁となっている。

寮棟の一部に幽閉されていた先輩たちは、封印が解けた後の魔獣みたいに猛り狂っている。


「いい加減にしやがれドチクショウが!」

「いきなりとっ捕まえて閉じ込めたり連れ回したり、何考えてんだ阿呆野郎!」


なんて人語を解した物言いはマシな方で、


「ブラギャオヌンヌンバレルビロウ!アギャアグルァァァ!」

「フェドロキシニヴァラランデ!」

「デコデコ、アヌガイーヤ」


精神状態が激しく悪い人もいる。これじゃあ話を聞くどころじゃない。まだ動物園の猿山の方が秩序がある。

僕は松阪先生に聞いた。


「物凄く悪辣な環境に閉じ込めたりしました?」

「いや、閉じ込めはしたが暴力や虐待行為は一切していない。むしろ授業に出席しなくていいから喜ぶとさえ思ったが。……こやつらの中にはアルコールやニコチンに重度に依存している者がいてな。暴れ出すそいつらの介護に追われて、気が尖っているようだ」

「なんということでしょう」


人語を解しているのが介護者で、そうじゃないのが中毒者なのかな。そう言われると、アヌガイーヤとよだれ混じりにこぼしながら、腕の筋肉が痙攣していたり、爪先がぴくぴく震えていたりする。


「おい!……話を聞くんだ」

「聞けるような状況に見えるのか!……って、顧問かよ」


怒声を放ったのは、釣り上げられた魚みたいにじたばたする男の足を押さえつけている上坂くんだ。

肩にかかるくらい、男子にしては長めの髪の男はギャアギャア何かを恐れるように喚き散らす。

はぁ、と普段の苦労が偲ばれるため息をついた先生は、人語を解さない方の部員に一人一人当て身を食らわせていき、意識を刈り取った。


「話を聞くのは残った奴らだけにしてくれ」

「……そうせざるを得ないだろうな」


荒砥さんが、半ば呆けたように言う。不良生徒というか、要介護の沼に肩口まで浸かっている気がする。もう遅いかも。

気絶している人は協力して道場の端に避けて、残った数人に話を聞くことにした。

抵抗もせずに、案外協力的な態度だ。短い共同作業で心が通い合った……んじゃなくて、単純に疲れているみたいだ。


「早くしてくれ……」


げっそりと、後ろ手に支えながら板張りに腰を下ろしているのが、副部長の鎹正恭先輩。

長袖コートの深草先輩と対称的に、半袖短パンの虫取り小僧みたいな格好をしていて、首周りには汗の染みが浮かんでいる。代謝がいいみたいで、顔はつるりと血色がいい。

童顔の上坂くんもそうだけと、ぱっと見悪党面という印象は受けない。


「お前たち、どうして軟禁されたのか事情を知っているか」

「ああ、聞いたよ。あそこで女が死んでたんだろ。顔を真っ青にして喋ってたさ」

「発見したのは誰なの?」


鎹先輩は黙って、壁に積まれている要介護を一人づつ指差した。


「話は聞けないかな」

「聞きたきゃ聞いてみやがれ。酒を飲ますか宝船でも嗅がせてやりゃ目を覚ますかもな」

「うーん、それもちょっとなあ」


僕と荒戸さんは目を合わせた。


「酒を買う金がもったいないな」

「そうだね。タバコだっていい値段するし」


風間さんたちと違って、僕たちの財布には底があるんだ。まずは話せる人と話すことにした。


「大谷方子は、お前たちが殺したのか」

「うわ直球」


捻りも策謀もない荒砥さんの問いかけ。

でも部員たちからすれば、嫌らしく搦手から攻められるよりも心象が良かったみたい。


「俺はやってねえ」

「俺も、だ」

「やっとらん」


まあ、そう答えるしかないよなぁ。

ところで、大谷さんが殺されたのは一昨日の午後一時から午後四時までだと考えられる。

一昨日の午後一時に、松阪先生が点検に来た時は異常がなかった。そして、先輩が指差した人たちが発見したのが四時過ぎ。

専門家がいないから厳密な死亡推定時刻が判然しないけど、論理的に考えてその三時間の間ということになる。更に二時半までは授業があるはずなので、出席確認が取れればその間のアリバイも成立する。


結果、僕が知るべきは四時前一時間半程度のアリバイということだ。


「俺は代官山で女と飲んでたぞ」

「校庭の桜の木を伐ったせいで怒られてた」

「近所のばあちゃんちで山芋おろす手伝いしてたな。いや、ありゃ六時くらいか」


アリバイなんて簡単に証明できるわけないだろと思われがちだけど、実際はこんなもの。今の世の中、誰かと繋がってない時間の方が珍しい。

生き物が群れる理由って、自分の存在を証言してくれる人がいると安心できるからなんじゃないかと思う。


大多数は、その頃学外で活動してたみたいで、ちょっと確認すれば裏も取れる。

ただ、上坂くんと他三人、もじもじして言いにくそうにしている。


「おい、お前たちはどうなんだ……その傷は」

「ちっ」


四人は、綾森さんを襲撃した時の怪我で包帯を巻いていたり、腕が不自由そうだったりしている。

ただ、か弱い女子を押さえつけられないほどの怪我じゃなさそう。


「お前たちは、どこで、なにをしてた」

「そりゃ、なぁ……」

「言え」

「ひいっ!わ、分かったよ……クソ、綾森といいあんたらといい、最近の女はどうかしてやがる……」


半眼で睨み付けて、諦めたように言った。


「俺たちは、あの時廃園にいたよ」

「お前たち以外で、それを証言する奴は」

「いるぜ。あの時、コテンパンにのしてやったから忘れちゃないさ」

「のした?誰をだ」

「俺たちに綾森と吹石の事を売りつけた情報屋だよ。午後に廃園を通るから、待ち伏せとけってな」


その情報屋が、襲撃失敗をネタに更なる金を要求してきたから鉄拳制裁していたらしい。やっぱり怪我は大したことないみたいだ。

でも、それが本当ならこの四人のアリバイも成立する。


「その情報屋、名前は?」

「情報屋の名前は極秘……ま、先に約束を違えたのは野郎だからな。綾森と同じクラスで、山浦常太郎ってやつだ」

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