第26話 騎士side 立ち合いpart3
「何、これ」
綾森湖衣が、異様な光景に漏らした言葉はそれだけだった。
その場にいる浅瀬、吹石も同じような顔をしている。百戦錬磨の松阪までもが、最早角とも呼べない摩天衝突の刃に目を見開いていた。
私は、早鐘のような動悸を抑えつけるのに苦心していた。
小野寺紡という人間は、一見頼りなく見える。それは真実である。そもそもが、小野寺自身が誰かに守られて生きていきたいと公言しているのを知っている。そして、出来ることなら私に守ってほしいなどと誤解を生むようなことを言っているのも。
何を寝ぼけたことを言っているのだ、と思う。
私がお前を守れるわけがないだろう。
努力量や才能などと低次元な論理では説明も理解もできない、圧倒的で清々しい壁がそこにはある。
努力差なら埋めることができる。才能なら妬むことができる。
根本的に剣士としての格が違うのなら、どんな感情に従えというのだ。
それでも私は無理やり震えを止めて、剣を構える。
私だって、陛下に楯突くもの、不埒な謀反人を幾人も成敗した。歳も同じ。経験の差はないはずだ。
それでも、あんな眼はできない。
修羅場で昂りも無く、慢心も無く、揺らぎも無い。普段通りかというとそれも違う。
ふと、脳裏に小野寺の言葉が浮かんだ。陛下の下命で引きずってきた時だ。
陛下が、自分の下につく気はあるかと尋ねた。小野寺はなくもないと答えた。
重ねて、何を望むか問われた。小野寺の問いは、予想だにしないものだった。
『僕を守ってほしいです。僕は平和に生きたい、僕の平和を守ってくれるのなら、一色さんの平和も守ろうと思います』
その言葉は、少なくとも陛下には響いたようだった。実際、今の陛下は小野寺にかなり好感を抱いていようだ。
だが、私にしてみれば……
「くっ……」
腰を落として、いつでも受ける姿勢を作る。
騎士剣は、あくまで主を守る剣だ。こちらから攻めることはほとんどない。主を守る、それは主命をも上回る優先度を持つ。
今、守るべき主はいない。それでも私が無意識に選んだのは、幼いころより仕込まれた型だった。
前触れもなく小野寺の刃が落ちてくる。まるでがけ崩れのようだ。
このまま受ければ、間違いなく頭蓋が真っ二つにされる。
模擬なのだから寸止めにするはずだとか、そんな甘い思考はできなかった。
本能的に、受けの剣を捨てて突き出す。額の前で横に寝かせていた剣を、蚊を払うようなしぐさで振る。
ぱきん!
派手な破断音すら響かず、チョコレートが割れたようなみじめな音が鳴る。すぐに青空と白砂に消えていった。
何も考えられない。
ただ、夢中で動いた。どうなったのか、自分でもわからない。
「え……」
「ふむ……そうか」
周りの絶句の声が聞こえてくる。徐々に意識を取り戻して、私は今の状況を理解するに至った。
折れた騎士剣の先が、小野寺の喉笛を捉えている。後一寸でも奥に動かせば喉仏を破れる近さだ。
小野寺の途方もなく長い刀は、横に流れて地面に食い込んでいる。
「……綾森さん。刀は折れても使えるよ。使えなくなったら石を投げてもいい。石を投げるだけで、人の肩を破壊する烏…人間だっているんだ」
「……」
「だから」
「無理……無理…こんな、こんなの無理……敵うわけがない……そんな…」
「あ、綾森さん、そうじゃなくて」
「ああああああっ!私は、こんなのを相手にしなきゃいけないの……?だめだ、これじゃ盛作を守れない…守るどころか、盛作を……」
ああ、何か聞こえる。
小野寺が、さっきまでの竦むような気配はどこへやら、迷子の子供のように狼狽えている。
お前は、一体どういう神経をしているんだ……何を教えようとしたのか知らないが、こんなのを見せられたら誰でも絶望に落ちるだろう……。
限界を迎えた私の意識は、そこでいったん途絶えた。倒れた先は、ぬくもりに満ちていた気がする。
***************
僕は、何回間違えれば気が済むんだろうか。
綾森さんに、戦い方は剣に限らないと教えたかっただけなんだ。いや、教えるなんて烏滸がましいことじゃなくて、荒砥さんみたいに立派な騎士様との立ち合いを見せれば、何か得るものがあるんじゃないかと思ったから、やってみただけ。
なのに、なぜか綾森さんは目に涙を浮かべて、化け物を見るように後ずさる。
ひゅうと風が吹く。梅雨前の、生温い湿った風のはずなのに、まるで木枯らしのように僕の肌を刺す。
庭の端に植えられている曲がった松の針葉ひとつひとつが、僕を指さして「お前が悪い」と糾弾しているようにさえ思える。
嘆きの言葉も言えないまま、どうにか綾森さんを宥めようとしたとき、二つの事が同時に起こった。
荒砥さんの体がすっと傾いで、僕の肩に額を預けるように倒れ込んできた。
そして、吹石くんが地面に伏して、声を張り上げた。
「小野寺さん!お、俺を弟子にしてください!仇を討つために、小野寺さんの技をください!」
憧れの女性に凭れかかられながら、弟子入りを懇願される渡り鳥。怯えた表情のままかたまる綾森さんと、口をパクパクさせながら何も言えない浅瀬先輩。難しい顔で太い眉をひくつかせる松阪先生。
今度は僕が言う番だった。
「何、これ」
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