第25話 立ち合いpart2

八双からの攻撃は、鉛直に肩口へ叩きつける、袈裟斬り、相手の出方を見て刃を寝かせて横薙ぎ、相手が突きにくるなら伸びた腕を鋭角に断つ、やり方は無限にある。

それに一口に八双と呼んでも、構えは流派よりけり、人よりけり。鬼の角みたいに高く掲げる場合、逆に脇を絞めて低く構える車の構え、更には乱戦で背後の敵を牽制するときに、肩に担いで刃を大きく後ろへ突き出すこともある。


綾森さんは正眼から、左脇腹を掻くように斬る。刀身が青白い鬼火を纏っている。僕の目には、それ以外の色が映らなかった。

前にも言ったけど、刃を交わすのは、あまり褒められたことじゃない。火花が散るぶんだけ刃こぼれして、肩腕は痺れる。

ただ、刀を腕の延長と見た時、刀を狙うのは、強ち愚かな行為とも言えない。


伸び上がるように脇腹に近づく銀の鈍光に、半身ずらして角を叩きつけた。


ゲギンッ


破断音が響いて、金属片が畳に突き刺さる。

折れた刃を呆然と眺める綾森さんを尻目に、足元に吹く冷たい風を避ける。


「……てあ」


吹石くんは下からの攻撃が十八番みたいで、足首を狙ったり、膝頭を峰で叩こうとしたり、変わった戦法で来る。

懸命に、執拗と思えるくらいに足を狙う。

足首、脛、内腿に突き、また脛。

僕が高く構えたから下半身を狙ってるのかと思ったけど、それだけじゃなさそう。


僕は、下段の剣があまり得意じゃない。物干し竿が長すぎるから、そもそも下に向けて構えることができないんだ。もちろん常寸で訓練は積んだけど、実際にそれで戦ったことは殆ど無い。

上は無限だけど、下は有限なんだ。それは、吹石くんも同じ事。


「りゃ!」


膝に、フォークを突き刺すような下向きの突き。

僕の刀なんてまるで見ていない。

ここで、ようやく理解した。

吹石くんは、自分が傷を受けても相手の足を狙おうとしてる。

足の筋を断てば、二足歩行動物である限り戦闘不能になる。そのときに自分が息絶えていても、頼りになる幼馴染がとどめを刺してくれる。


仇討ちの覚悟、ここまでとは思っていなかった。

そこまでするからには仇は上段ないし高く構えると確信があるんだろう。


「……」


僕は、色も空気もない異空間で、ありもしない星を刺すように上段に構える。

吹石くんの切っ先は、僕の左爪先を捉えていた。


「てぃぁ!」

「……ひゃ」


肺に溜まった空気が、真空に流れる感覚。

眼下を這うように迫る冷たい風に、扇ぐような一太刀を叩きつける。


ガギン!シャクッ!


吹石くんの刀は畳に鋭角に刺さった。

その傾きを縫うように刃を滑らせる。

刃区をなぞり、腕を辿って、喉笛にあてがう。

たらりと垂れた汗が、刀身に二滴落ちた。


「参りました」


急所を捉えられてるのに、声に震えが殆ど無い。

廃園での戦いを見てから思ったけど、吹石くんは技倆はさておきとても肝が据わってる。

あの時、華々しい活躍をした綾森さんに引き付けられていたけど、上坂くん以外の四人に囲まれてパニックにならずに捌いていた吹石くんの胆力にも目を見張るものがあると思う。

綾森さんの余裕は、襲撃側との実力差をはっきり自覚していたから生まれたものだと思う。でも、吹石くんは、実力が追い付いていない相手複数に対して、冷静に対処していた。綾森さんがさっさと助けに来てくれることを予期して、防御と牽制に尽くしていた。

それは、強みだと思う。弱いはずの吹石くんの、強み。

じゃあ、強いはずの綾森さんの弱みは何だろう。


多分それは、短くなった刀を茫然と眺めるその姿に、答えがあると思う。


「重い……真剣の撃は、こんなに重いの……?」


腕が痺れたようにぶるぶる震えている。

多分、綾森さんは予想していない状況に弱い。相手が思ったより強い、とかなら多分大丈夫だと思う。そのくらいのことは織り込み済みだと思うから。

でも、たとえば、仇が剣じゃなくて槍で応戦してきた場合。綾森さんは怯みことなく対処できるだろうか。

更に大きな懸念は……


僕は、二人を交互に見まわした後、浅瀬先輩に言った。


「浅瀬先輩。この後、もう一戦交えたいんですけど、良いですか?」

「え?それって、どういう」

「できれば、屋外でやりたいんですけど……流石に無理がありますかね」


先輩は困ったようにきょろきょろする。

松阪先生に助けを求めるように見ると、腕を組んだまま、頷いた。


「大道場の奥に、外稽古用の庭がある。お前の腕前は理解したから活動が終わった後に使うのは構わないが、何をする気かは聞いておこうか」


都合してくれるつもりらしい。良かった。

何をするって、言った通りもう一戦、刃を向けあうだけだ。

綾森さんが切腹前の落人みたいな顔をしてらっしゃる。

別に、疲れ果ててる二人をしごき上げるほど僕は鬼畜でも熱血でもない。


畳の上から鞘を拾い上げて、定寸の刀身を収める。

鞘の上側から、ちょっと上目遣いを意識してお願いする。


「荒砥さん、久しぶりにお相手、お願いできないかな?」


視界の上半分に、金色の髪が揺れた。

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