第22話 綾森side B組の放課後 

日直の礼で、五十分ぶりに騒々しさが帰ってくる。

授業、休み時間、授業、休み時間、とこの流れで、静と動のアルゴリズムが成り立っているのはどこの学校も同じだと思う。


深舎は人口が多い。

私、綾森湖衣が所属するB組の個性といえば、良くも悪くも治安が確りしているところだろうか。

悪くも、と言ったのは、安定をありがたがるあまり排他的にな空気が漂っているところがあるのだ。

クラスの中で七、八くらいのグループに分かれて、プライベートで他と交わることはほとんどない。それが一概に悪いこととは言わないが。


かく言う私も、幼馴染の盛作を含む三人以外との交流はほとんど無い。精々部活関係か。

学生生活がそんなに閉鎖的で良いものかと悩む時もあるが、今はそんな瑣事に懊悩している時ではない。

もう少しなのだ。

もう少しで、盛作の仇が討てる。

私が三つの時に、両親とも長期出張が重なった。私はその頃体が弱く、海外渡航に耐えられるか分からない状態だった。

そんな私を一年近く引き取って、実の娘のように育ててくれたのが盛作の両親だった。

母親はおっとりした、女の私でも目を見張るほどの美人だった。若作りではなくて、本当に自然に感じられる美しさだった。

父親は、少しナーバスな所があるが、気が優しくてよく頭を撫でてくれた。


実の両親を否定する気持ちは全くないが、あの人達もまた、本当の両親だと思っている。


だからこそ、二人をあんな目に遭わせた輩を絶対に許せない。二人で協力して仇を討つんだと、咽きながら誓い合った。


「こころ、どうしたんだ」

「む?いや、なんでもない。三日後なんだな、と」

「あっははは。その時の相手は仇じゃないだろ。勢い余って、酷いことにならないようにしろよな」


快活に笑う盛作。

あれだけの事を経験して、良くここまで立ち直れたと思う。でも、盛作が笑っていてくれるのは私の心の支えにもなる。


「浅瀬部長が頭を下げた相手だぞ。私が敵う相手ではないだろう。私は教えを乞うだけだ」

「こころが敵わない相手がそうそう居るとは思うないんだけどな」

「そんなことは……おお?」


教室の隅でひそひそと話していたら、友人の有岡涼介ありおかりょうすけ大谷方子おおたにまさこが話しかけてきた。二人とも、一年の頃からの友人だ。

方子はボブカットの、少し気弱な女子で、これと言った大きな特徴はない。

だが、涼介はかなり人目を惹くルックスの男子だ。

こちらに向かってくる涼介を、下卑た視線で見る。いわゆる女顔で、よく揶揄われてるのを私と盛作で庇ったものだ。


「盛作、湖衣さん。何を話してるのかな?」


名前の通り涼やかな声で、涼介が聞いてくる。まさか、仇討について話し合っていたなど言えるはずもないから、適当にお茶を濁す。


「二人共、今日も部活だっけ」

「いや、今日は急に中止になった」

「そうなの……?」


方子が、細い声を上げる。

はにかむ口から、白い歯が覗く。全体的に弱弱しい印象を受ける方子は、実際少し成長も遅れていて、この前やっと最後の乳歯が抜けたと喜んでいた。


「じゃあ、一緒に帰るか」


盛作が提案すると、方子が申し訳なさそうに言う。


「ごめん…。今日、ちょっと図書室の整理をしなきゃいけなくて」

「あれ?当番火曜日じゃなかったっけ?」

「うん。でも……おねがいされちゃったから」

「全く、気が弱いのに付け込んで、感心できないな」

「と、とにかく今日はごめんなさい!また誘って、ね……」


そういって盛作を見る。そこには、友情以上の何かが朧のように儚く切実に宿っているように見える。

盛作は気づいていないようだ。私としては、まぁ、複雑な気分だけれども、自分の好きな人が他の人にも魅力的に思ってもらえるのは誇らしいものだ。


方子は恥ずかしくなって、小走りに教室を出ようとする。盛作をみながら走ったせいで、人とぶつかってしまった。


「おわぁ!ってて」

「きゃっ!ご、ごめんなさい……」


ぶつかられた、狸顔の男は額に皺を寄せながら、三白眼でぶつくさ言っている。


「ちっ、海老じゃないんだから前に進めよ。目ん玉は飾りじゃないんだ」

「ご、ごめん……」

「へっ」


話す気も無いのか、山浦常太郎やまうらつねたろうはさっさと行ってしまった。

教室に、悪意の声が温泉の湯煙のように満ちていく。


「陰キャ山浦が偉そうに……」

「何よ、ぶつかったくらいであの嫌味」

「女の子と接触できるだけで、感謝しなさいっての」


自分が何をされたわけでもないのに勝手に盛り上がって盛り下がる衆愚に、少なからず気持ち悪さを覚える。

方子はいたたまれなくなって、今度は誰ともぶつからないようおどおどしながら出て行った。


「……はぁ。盛作、涼介、帰るか?」

「そうだな」

「あ、少し寄ってきたいところがあるんだけど」

「寄りたいところ?」

「うん。今日、工場実習があったでしょ?手拭い忘れてきちゃったみたいなんだ」


てへへ、と頭を掻きながらはにかむ。少女然としていて、可憐とは彼のためにある言葉なんじゃないかと思うくらいだ。


「いいぞ。付き合うぜ」

「ありがと!いや、一人でもいいんだけどあそこの廃園、ちょっと不気味でさぁ」

「わかる」


工場への近道に廃園を通るのは最早習慣化されている。茨や蔓草が好き放題伸び栄えているのは、確かに少し不気味だと思う。


「じゃ、早速行こうぜ。あの手拭い、大切なんだろ?」

「うん……大切な人から、もらったんだ」


そういって頬を紅潮させる。

こうやって、学生らしい青くて酸い日々が過ぎてゆく。

あと少しで、この味を何の厭いもなく味わえる時が来るのだ。

後は本懐を遂げて、全てを清算する。


それから、盛作と共に平和な日々を送っていくのだ。


そう、思っていた。

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