第21話 逆恨みとストーカー
金曜日。
土日を挟んだ次の放課後、まだ顔も知らない女の子と命のやり取りをすることになる。なんて物騒な予定なんだろう。もちろんやらないし取らないけど。
ただ、顔も素性も知らないっていうのは、少し嫌だなぁというか、あんまり深入りしないほうがいいとは思いつつ、僕はAK部の活動部屋に顔を出していた。もちろん、神集くんから綾森さんの情報を聞き出すためだ。
「失礼するよ~。神集くん、いる?」
「いるぞーい。もしゃもしゃ」
カスタードパンを食みながら、漫画を読んでいた。凭れさせていた背中を壁からはなして、無造作にパンを一つ放ってきた。
「くれるの?」
「まーね。犬午のやつが世話になってる礼、みたいな?」
「いただくよ。いつでも言ってね」
いちごジャムパイだった。まだお腹はすいていないから後で戴こう。
神集くんが持っている漫画には、チェーンソーを持ったサイボーグみたいな男?がステテコパンツを吟味している表紙がプリントされていた。
「なになに、『ステテコリッパー百八人斬り』?」
「ああ違う。授業中に読むとき、エッチな表紙だと怒られるんだ」
「そっか。中身はなんて本なの?」
「『俺の妹が姉貴の子供を孕んだ件』」
「そのまんまだね」
最近多いよね、こういうタイトル。中身がわかりやすくていいけど、正直〇〇な件、の内容は読んでから明かされる方が楽しいな。
「面白いの?」
「そこそこかな~。姉の子供を妊娠したなんて知られたらご近所さんの噂になるってことで、兄である主人公との間の子供だって偽る話なんだけど」
「なるほど」
「それで納得できる小野寺の神経を、少し尊敬するぞ」
部屋の隅でぐてーっとしていた蘭翅くんがもそもそと喋る。
三人でだべるのも楽しいけど、今日は色々やりやりたいことがある。
確か、今日の剣道部の活動は十六時から。荒砥さんに確認したから間違いない。
「綾森さんって、知ってる?」
「あやもり、あやもり、ああ、綾森湖衣ちゃんか」
「うん。彼女のことについて知りたいんだ」
僕が訊くと、いつも大体嬉々として喋ってくれる神集くんだけど、今回は言いづらそうだ。
「湖衣ちゃんは、今色々面倒なことに巻き込まれてるみたいでさ」
「そうなんだ……」
もしかして、神集くんも仇討ちのことについて知っているんだろうか。
「剣道部所属なのは知ってるか?」
「うん」
「あそこの男子部員が、かなり質の悪い奴らだってことは」
「一応、聞いたことはあるよ」
荒砥さんが吐き捨てていた様子からすると、行儀のいい人たちじゃなさそう。
「部長はまだいいんだけどな。副部長で三年の
神集くんの話は続く。
鎹先輩の腰巾着で、二年の束ね役を任されている
流石、幼馴染を励ましながら仇を共に誅さんとする人だ、上坂くんたちを一喝して、竹刀も振るわず叩きのめした。
「実は俺、上坂と同じクラスでさ~。自分から情報なんて集めなくても、喚き散らす声で大体は把握出来ちゃったんだよね~。綾森、ぜったいぶちのめすって」
「絵に描いたような逆恨みだな」
「そうそう。でもそれだけじゃないくてさ、他にも面倒なのに狙われているみたいで」
それは、いわゆるストーカーらしい。
といっても本人は気が付いておらず、つまり何か実害があるわけじゃない。
「ただ、湖衣ちゃんの情報を集める途中で、陰から物凄い目つきでみてたから気になってたんだ」
「おい千曲。それはお前もストーカーしていないか」
「嫌だなぁやめてくれよ。俺は何かするわけじゃなくて、ただ見て聞いて情報を……いや、確かに同じだ」
「だろう」
神集くんがストーカーと同じなんじゃなくて、ストーカーが神集くんと同じ。
もしかしたら、隠岐さんなんじゃないかと思った。でも、あの隠岐さんが他人に気取られるような事するかなぁ。いや神集くんだってプロなんだし、そういうこともあるかも……
「綾森という女も大変だな。気の休まる暇もあるまい」
「幼馴染の彼氏はあんまり頼りにならないし、気の毒だぜ。俺が彼氏なら、剣道プレイで竹刀を突き込むのにさ」
「上坂くんに?」
「あいつにはこれで十分さ」
そういって、漫画の表紙のチェーンソーを指さす。
「ところで、その表紙はどこで手に入れたの」
「こりゃ兄貴の棚から拝借したんだ」
「お兄さん困ってるんじゃ」
「兄貴はカバーを放り捨てて戻さないんだ」
「ああ、たまにいるよな。帯とかそこら辺に投げ捨てる輩が。俺からすれば非国民もいいところだ」
蘭翅くんがぷりぷり怒っている。
神集くんが、少しだけ遠慮がちに聞いてきた。
「小野寺、お前またなんか頼まれて動いてんの?」
「え、どうして?」
「時々こうして女の子の情報聞いてくるじゃんか。それにしちゃ狙ってる感じもしないし、そもそもお前は風間様とか一色様とかに目を掛けられてるだろ。それで他の女の子を気にするってのも解せないな」
そう言う神集くんは、いつものへらっとしたチャラ男じゃなくて、情報屋としての風格を漂わせていた。
僕が困っていると、蘭翅くんが声をかける。
「まぁ、そのうち支障のない範囲で教えてやってくれ。こいつが女関係以外で知りたいなんて言うのは稀有だからな」
「わかったよ。その内、色々片付いたらね」
約束ともいえない口約束だけど、いずれ話すことになるんだと思う。
だって、これからも渡り鳥である以上、二人の協力は欠かせない。
だから、僕が時々愛する平和を捨てて、血潮を浴びることもカミングアウトするときが来るんだと思う。
その後も、こうして滑らかに話せるのか、不安で仕方がないけど。
「じゃ、またね」
「B組に行くのか」
「そのつもり」
「あそこはかなり排他的だから、中に入るのはやめといたほうがいいぜ。いつだかナンパに行ったときの腹の痛みは忘れられない」
「あはは、そんな度胸は無いよ。出てくるまで待つよ」
十六時まであと三十五分くらい。女の子が胴着に着替えるのがどれくらいかかるものか知らないけど(神集くんは知ってるかな)、もうそろそろ張り込んでもいい頃合いだと思う。
そう算段して、AK部を後にした。
「新しいストーカーが一人誕生していないか」
何か聞こえてきた気がするけど、気にしないことにした。
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