第20話 華の妖精

ここで少し、譲羽家の説明をしておきたいと思う。

風間財閥は、畑違い無しと呼ばれる多角経営。

一色財閥は、エンターテイメントに重きを置き、それらのトップを走る。

じゃあ譲羽はというと、かなり毛色が違うんだ。

譲羽家は、そもそもが財閥ですらない。芸能関係の総元締めのような立場だ。芸能人って言っても、コメディアンあたりは一色さんの持分だけど、それ以外の大物俳優、なだだる芸術家、それから武道家。

そもそも芸者って言葉は元々武芸達者って意味だから、剣士、柔術師範、古武術の継承者、そう言った人々は殆どが譲羽派の人間なんだ。

隠岐さんが譲羽さんの側近ポジションなのも、それが大きいんだと思う。ただ、隠岐静山って人はカンブリア紀の化石みたいに埋もれた人だったから、譲羽の方は認知してなかったと思うけど。


『ユズリハの会』


世界の術者の最大コミュニティ、その会長を代々継承するのが譲羽家の長女。芸術家、武術家、技術者、それから占いとかシャーマンとか、そういう呪術的な職業もユズリハに所属していることが多い。

譲羽というのは、幕末期に吉原遊郭で太夫を勤めていた譲羽太夫にちなむ。太夫は明治期にある大商人に落籍されて、妻におさまった。その商人が死んだ際に、どういう経緯があったのか知らないけど、家督を継ぐのは女子のみという異例の通達を出して、今の今まで守り通されている。

女性の尊厳が場末の居酒屋の酒みたいに薄かった時代、よくそこまで我を通せたと思う。きっと、烈女って呼ばれてたんだろうなぁ。

華の吉原の太夫ともなると、芸事関連は最高峰を極めていなきゃいけない。そのうえ幕末の動乱期ともなると、身の安全のために小太刀まで修得したらしい。

目の前で、ふわふわした笑顔でしゃべる譲羽さんのご先祖様がそんな激しい人だったなんて信じがたいけど、そいう謂れがあるってことを聞かされた。


「それでですね、岩のかげを覗いたら、もう二匹もねこさんがいたんです!」

「へえ」

「毛並みがみんな違ったので、家族じゃないと思うんですけど……おともだちだったのかな?」

「猫は群れないからなぁ。よっぽど気があったんじゃない?」

「そうですよね!やっぱり、なかよしさんなんですよね!」


僕は、風間さんや一色さんを相手に話すときは大体敬語になってしまうけど、譲羽さんには割と砕けた口調で話している。

そもそも、相手によって口調を複数パターン用意するのは至極面倒だと思っている。だから基本的には同じ口調でだれにでも話しかけるんだけど、風間さんたちは、ちょっと怖い。なんとなく許してくれそうな気はするし、なんなら時々崩れてもいるけど。


「ほら、紡くんはやっぱり美華の味方です!酷いんですよ、疎ちゃんは、猫は打算でしか動かない動物だから、仲がいいんじゃなくて利害で寄り集まっているだけだって」

「うわあ言いそう」

「え~、何だかボクがひねくれ者みたいじゃないか。全く、この世のどこに友情を宿した猫がいるんだい?」

「百万の人生の中で、一回くらいは芽生えるんじゃない?」

「一部例外を除いて、猫は一回しか人生、もとい猫生を送れないんだよ」


僕と隠岐さんが会話をしていると、譲羽さんがぷくーっと頬を膨らませている。


「やっぱり、紡くんは疎ちゃんとなかよしなんですね。美華ももっとなかよくしたいのに……」

「僕はもう仲良しのつもりだけどね」

「ほんとう?」

「本当だとも」


これ以上仲良しになると、ずるずる引き込まれそうで恐ろしい。渡り鳥の気質と、隣でニヤニヤ笑っている悪友の存在が、深入りを躊躇わせる。


「よかったです……紡くんと、なかよし………」


仲良し、って言葉がとても好きなんだろう。仲がいいのは平和なことだ。平和は、僕にとって何より価値があるものだ。

その点で、譲羽さんと僕はとても通じ合えるものがあるんじゃないかと思う。通じ合うものがあるなら、それは仲良しって言えると思う。これで理論の円環は完成した。


「それなら、その……」

「ん?」

「こ、今度ですね、美華も応募した水墨画の品評会があるんですけど……いっしょに」

「水墨画」


僕の頭には、長谷川等伯の屏風が浮かんだ。そして、涙で描かれた鼠が、ちゅうと鳴く。

きっと譲羽さんの作品なら、問答の要もなく素晴らしい物なんだと思う。


「その後、時間があったらちかくでお茶でも、えへへ」

「あっれー、確か品評会の後は何とかって偉い画家さんと座談するんじゃなかった?」

「え、それは、そうなんだけど……疎ちゃん、代わりにお願いできないかな。美華は紡くんと少し遊んでたいよ」

「残念だけど、ボクは絵とか画って漢字がつくものは齧った事すらないんだ。画家さんと一緒にスマブラやるようだよ」


僕の記憶では、隠岐さんは決して絵が下手じゃない。でも、絵を描いているより描いた絵を破り捨てている方が似合っている気がする。


「うう……紡くん」

「画家さんがスマブラは少し厳しいだろうね。隠岐さんありえないほど強いし。画家さん泣いちゃうかもしれないから、譲羽さんが相手してあげないと」

「でも」

「それに、画家さんもきっと譲羽さんと仲良くなりたいと思ってるよ」


そういうと、しょんぼりしていた表情が晴れやかなものに変わった。雨雲の切れ目から覗く陽光に喜ぶ妖精のようで、僕は、今回は間違えなかったんだなと安心する。

譲羽さんの泣き顔は、周の泣き顔の次に見たくないんだ。一度だけ見たことがあるけど、心臓に焼き印を入れられるような、同時に肺の中で汚水が暴れまわるような、そんな苦しい感触は忘れられない。


「それなら、今回はがまんします……でも、いつかいっしょに遊ぼうね!やくそく」

「うん、約束」

「ゆびきりげんまん、する?」


隠岐さんが悪戯っぽく言ってくる。


「うんうん。紡くんはそんなことしなくても、約束まもってくれるもん」

「あははは、だってさ。絶対に裏切れないね」


笑顔で言う隠岐さん。

色々とサイコなところのある隠岐さんだけど、譲羽さんを思う友情は疑いもなく純粋なものだ。純粋すぎて、時々偏執や狂気になることもあるけど、それでも譲羽さんの笑顔と純潔を守るために、悪友で居続ける。

僕は、隠岐さんのそういったところを尊敬しているんだ。色々複雑な感情はあるけど、それでも心から拒否できないのはそこが大きい。あと、僕と隠岐さんが疎遠になったら譲羽さんが悲しむってのもある。


「あ、もうこんな時間だ」

「そろそろ、戻らなくちゃですね」

「ボクは紡を送ってくるよ。美華は少し待ってて」

「はーい」


隠岐さんに手を引かれて、加藤田くんたちが丹精込めて造っている垣の間を通る。様々な花の、媚薬のような馥郁が顔の中心を刺激する。


「どう?面倒なことも頼まれずに、いい時間だったでしょ」

「そうだね。拍子抜けするくらいに」

「実は、面倒ごとがないわけじゃないんだよ。できれば手伝ってほしい案件はあるんだけどさ。ただ、学校内の事じゃないし、紡を関わらせるのはまだ早いかなぁって」


何だか含みを持たせた言い方だ。気になるけど、気にしちゃいけないと僕の中で警鐘が鳴る。


「ま、今日は何も言わないよ。どうせ、いずれ関わることになるんだからさ。んっふふ、今ははっちゃんの頼みごとを精一杯こなすことだよ」

「はっちゃん?」


聞かない名前に戸惑う。流石に本名じゃないだろうから、誰かのあだ名なんだと想像して、僕に頼みごとをしている荒砥さんの下の名前が白記はつきだったと思い出す。


「何せ想い人の頼み事だもんね~、張り切らないわけにはいかないか」

「う~ん、そうなのかなぁ」

「あ~あ。紡にこの手の話題振ってもつまんないや。暖簾に腕押しだもんね」


どうしろと。それにしても、あの頼み事は荒砥さんと僕と、剣道部の数名しか知らないはずなのに、昨日の今日でよく把握しているものだ。


「あ、そういえば綾森さんに仇討ちの情報を渡してるのは隠岐さんだったね」

「そゆこと。聞く?紡になら無料で隅から隅まで教えるよ?」

「絶対に聞かない」


隠岐さんも、冗談だよと笑って手を振る。情報屋としての最低限のモラルは持ち合わせているんだ。


「最近は、弱みを握って金をむしる悪質な情報屋もいるからね。そういう不埒な輩は見つけ次第叩き斬ってね☆」

「それは依頼?」

「いや、ただの喚起」


くだらない話をしていたら、空中廊下を渡って中央棟までたどり着いていた。


「じゃ、ボクは美華のとこに戻るよ。試合、頑張ってね!血飛び肉散る戦いを期待してるよ」

「試合じゃないし、血も肉も飛び散っちゃまずいんだけどな……ああ、もうあんな遠くに」


呟きながら教室に戻る。

その日の放課後、荒砥さんから、週明けの月曜日に剣道部道場前まで来てくれと連絡があった。

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