第18話 荒砥さんの依頼
「えぇ……」
僕は、荒戸さんの申し出に困惑した。でも大抵の困惑には慣れたから、短く息を吸って、詳しく話を聞く事にした。
半ば予想していた通り、昨日の浅瀬先輩との相談が素でだった。
「母親の、しかも他人の母の仇討ち、ね。近年稀に聞く話だなぁ」
「近年でなくとも、他人の仇討ちにあそこまで懸けるなど……凄い意志だった」
「意志というか、執念を感じるなぁ」
しかも、その根底にあるのが恋情なんだから、恋は盲目という言葉が説得力を帯びる。
「それで、どうして僕が仇討ちの手伝いの手伝いをする話になったの?」
「……真剣勝負を知るためにはお前の剣術を目の当たりにするのが一番覿面だと思った」
「そんな」
荒砥さんにまでバーサーカーみたいに思われているのかと思うと、少なからずショックだ。
「母親の仇討について、詳しく聞かなかったの?」
「踏み込みにくくて、な。だが恐らく、譲羽の隠岐疎が綾森に情報を与えているようだから、彼女に聞けばわかるのではないか」
なるほど。隠岐さんなら、そういった話は躊躇せずに話してきそうだ。最低限、漏らしちゃいけない情報は匿すけど、最低限から半身でもはみだした情報は自分の好きなように弄ぶ。特に僕には、その最低限のモラルすら空き缶のように踏みつぶして迫ってくるからたまったものじゃない。
「隠岐さんが絡むなら、余計にこの話は断りたいな」
「安心しろ。直接仇討ちに関わってくれというわけじゃない。ただ、小野寺はいつも通り剣を振ってくれるだけでいい」
「僕が刀を振るうのは、いつだって必要に駆られてですよ……そんな四六時中人を斬ってるみたいに」
「すまない」
なんていうか、僕は荒砥さんの事が大好きなんだけど、いざ二人で話すと会話が続かない。僕は空気を読まずに皮肉や異論を唱えるし、荒砥さんは生真面目で不器用だからそれにいちいち答えてくれるし、円滑に会話が進まない。
九割九分僕の性格が悪いから、難儀する。
「僕は、その綾森さんと、刃を交えればいいんですか」
「刃を交えるというか、勝負の空気を教えてやってほしい。こればかりは畳水練ばかりの浅瀬先輩にもできない相談だ」
「……荒砥さんの頼みですからね。受けましょう」
「本当か!」
乗り出した荒砥さんに、手を握られた。うん、正しい選択肢を選んだ。やったね。
「もう五時間は説得に費やすことになると思ってたぞ」
「今から五時間だと、二十一時近いね。周の雷が落ちちゃうよ」
「あまね?何者だ」
「ああ、妹様のこと。晩御飯が遅れると怒るんだ。だから、今日もそろそろ帰ろうと思います」
怒るならいいけど、そんな遅い時間に帰ったら泣いていそうで心配だ。周の涙ほど、苦い液体はこの世に存在しないと思う。そんなものは、存在しないほうがいい。
「そうか。日程は先輩や綾森と相談して、追って連絡する」
「はい。あと、当日は誰がその場にいるんですか?まさか衆人環視ではないよね」
僕は、あくまで徹底して平和を愛している。時折血を浴びるのは仕方ないとして、巨大な人斬り包丁が似合う男なんてレッテルをはられるのは嫌だ。
「安心しろ。私と浅瀬先輩、綾森と吹石、それから一応顧問の先生を置いて見分してもらう」
「顧問?よく許可されたね……組体操すらストップが入るこの時代先に」
「そうだな。確か、そこそこ有名な道場で修行した強者だと聞いた。
「あ、歴史の先生が入院した時に代理で授業してた先生だ」
あれは確かに、剣客らしい筋肉の付き方をしていた。はっきりと言えないけど、挙動や腰の据わり方から新陰流系統の修行をしたんじゃないかと推測した。
「とにかく、理解のある先生だからその場の事を言いふらす心配はない」
「男子部長はいないんだ」
「ふん」
男子部員の話になった途端に、荒砥さんの表情に軽蔑が浮かんだ。
「今の男子部員は、部員と数えるのも烏滸というほどの愚物ばかりだ。吹石のような熱心な男も数名いるが」
不良グループに属している人も多くて、あの野烏一味にも何人か所属していたという。
「部長は放任主義と言って責任を果たさず、副部長は自ら狼藉放題、浅瀬先輩がどれだけ迷惑をかけられていることか」
「大変なんだね」
広大な敷地を持つ深舎は、道場も多く持っている。剣道部の道場も部が占有していて、一つの城みたいになっているんだ。
城の内部では、大抵醜い争いが一つは起きているものだ。
そこまで話して、ぼくは時計を見た。帰ると言ってから、すでに五分が過ぎようとしている。
でも、すぐに帰らないのには理由がある。
「あの、荒砥さん。お願いがあるんですけど」
「何だ。厚顔な依頼をしたんだ、多少の無理は聞くぞ」
「手を、放してくれません?」
「あ……」
なんとも間抜けな絵面だけど、僕たちは手をつないだままあの会話を続けていた。何だか甘酸っぱい光景を想像するかもしれないけど、机を挟んで向かい合っている状況でのそれは握手だ。いや、むしろ誰かが見ていれば腕相撲しているように見えたかも。
荒砥さんとの接触がなくなるのは名残惜しいけど、周のこともある。
「いや、すまない。なんというかそのだな、触れているのがあまり気にならないというか、安心できるんだ。いや、他意はないぞ」
「そう言われると照れちゃいますね。じゃ、ほんとに失礼します」
「あ……では、またな」
十六時を越し、茜色が眩しい中を帰宅せんと部屋を出る。
頬に多少の熱を灯しながら、明日は少し素振りしてから登校しようかと考えた。まかりまちがって綾森さんに斬殺されちゃかなわないからね。
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