第13話 喫茶店の密議

僕たちはとある個室喫茶に来ていた。

シックなテーブルの上には飲み物が人数分。僕は既に紅茶を飲み干して、正方形に臍みたいな穴が空いた氷が三つ、重なっている。

学校外でお嬢様方と会う時はここを利用する。でも今日の人口密度はやけに高い。

部屋の中には僕と、風間さん魚住さん、一色さん荒砥さん。四人用の部屋だから、これだけいれば狭いことは明らか。でも、二人の依頼は絡み合っていたのだから、いちど顔合わせをしないといけなかった。


「で、何で隠岐さんもいるの?」

「んも~つれない事言うなよ~うりうり」


若干一名、招かれざる客がいるけど。

四人部屋で、五人の美少女に囲まれていれば、それは至福なのかもしれない。できることなら、もう少し素直に喜べる精神状況の時に、この環境を味わって見たかった。


「隠岐さん?紡で遊ぶのはまたにしてくれないかしら?今日は依頼の報告に呼ばれたのだから」

「ええ~いいじゃんっ!けち臭い事言わないでさぁ」

「いいから帰りなさいっ!紡は依頼のために動いていたんだから、あんたは必要ないの!」

「……どうして私を見て言うのかしら?」

「お~、紡はモテモテだねぇ」


だから、もう少し甘酸っぱいのを楽しめる状態になってからお願いしたいな……。


「もう、べつにいいや……隠岐さんも情報屋やってるわけだし、いて邪魔になることはないでしょ」

「「邪魔よ」」

「邪魔ですわね」

「……」


まぁ、それは、物理的に邪魔ではあるけど……僕を睨まれても困る。

軽く咳払いをして、仕切り直し。


「風間さんと一色さんの依頼は繋がってた。その中心には神宮寺工業がある」


まず、風間さんの依頼で調べた野烏候吉。

結論から言うと、彼は神宮寺限徒に飼われている。きっと今までも色々汚れ仕事を引き受けて、代わりに不良行為の後始末を神宮寺の力で行っていたんだろう。

野球部に押し入って、蒲池さんにアプローチしたのも、自分の為ではなくて神宮寺に命令されて。

そして、風間さんを襲わせていたのも神宮寺の命令ということになる。


「神宮寺工業って、今風間の中でゴタゴタしてるって聞いたけど、どうなの?」


僕の質問に、魚住さんが答えた。ここではメイド口調を崩さない。


「社長の神宮寺直実様は、従業員を酷使して増した利益を虚偽申告し、一部を懐に納めていました。総帥様は工場の機械の取り換え期間の変化や購入する燃料の量などから、かなりハードに回転していることを掴んでおられました。それにしては、納められる金額が合わないと」


金額の調整ばかりに目がいって、他の書類の改竄が杜撰だったのだ。

異変を察知した総帥・風間満州さんは七つの大工場と千代田にある神宮寺本社に密偵を放ち、不正の証拠を掴んだ。

そして、既に神宮寺の更迭はほぼ決定しているらしい。


「実は昨日も神宮寺様と経理部長の浅草幸茂ゆきしげ様が風間邸に見えられました」


玄関前ですれ違っただけだと思っていたが、部屋を出てから吐いた悪態は全て魚住さんが聞いていた。

その内容を知らされた僕は、一色さんの方を向く。


「つまり、神宮寺は風間から放り出されようとしていたし、出たがってもいた。だから父親の命令か自分の判断か、一色さんに取り入ろうとしたんだ」

「そんなゴミ、誰が迎えるもんですか」

「一色さんはそうだろうけど、一色財閥の重鎮全部がそう思うか、わからないじゃん?」

「……まぁ、色々ドロドロしてるからね。ホント嫌になる」


一色さんは、性格的にすごくさっぱりしているから、そういった腐乱臭紛々の泥濘が気持ち悪くて仕方ないんだろう。


「それと同時に、風間家への仕返しも目論んでいた。つまり、風間さんへの攻撃。誘拐して脅そうとしたのか、顔に傷をつけて嫁入りの障害にしようとしたのか」

「万死」


魚住さんの目が冷酷な光を帯びる。きっと今の僕は、同じような目をしてるんだと思う。


「こんな風に野烏候吉と神宮寺限徒、神宮寺工業は繋がってたんだ」

「……ねぇ紡」

「何?」


風間さんが少し心配そうに、少し期待を込めるように、聞いてくる。


「やる気なのかしら?」

「どうしてそう思うの?」

「紡に呼び捨てにされた人が、無事だったためしはないわ」


酷いなぁ。でも、確かにそうかもしれない。名前を呼んだら死んじゃうなんて恐ろしい怪物みたいだけど、自分を怪物じゃないと断定できる証拠も、断言できる自身も、僕は持ち合わせていない。


「……」

「紡。もし、無理をしてるのならもう降りてもいいのよ。風間の身内の事だから、こちらで片付けるわ」

「最初からそうしなさいよ……ま、私としても紡に壊れられたら嫌だもの。荒事は白記に任せられるし」


皆、いつだって我儘に、得手勝手に僕を使うけど、こんな時には心から心配してくれる。ああ、あんまりにもずるいと思う。

特に、普段ならここで僕を煽ろうと口を挟む隠岐さんが、黙ってニヤニヤしてるところとか、本当にずるい。

僕が、もう決心を固めていることを見透かしてるんだ。一色さんじゃないけど嫌になっちゃう。


「やるよ。もう決めたんだ」

「う~ん、そうくると思ったよ!流石ボクの紡だ」


本当に嬉しそうに、手を掴んでくる。何に昂奮してるのか桜色に染まった手をぶんぶん振るのに対して

僕の心は永久凍土のように冷え切っていた。

全てを見透かす悪魔のように、隠岐さんは笑う。


「じゃあ、やる気を出した紡にいいことを教えてあげよう!ねえ淑乃ちゃん、神宮寺は昔都内にも工場を持ってたでしょ?」

「……ええ、そうだったわね。今は廃工場よ。確か、内幸町の外れにあるはずね」

「あそこが野烏の根城だよ」

「うわあ、今から必死で探ろうとしてたことを一口で」

「最初からボクを頼ってれば、大した苦労も無いのにさ」


それはそうなんだけど。でも、代償が大きすぎる。今回も、何だか隠岐さんの計画通りに僕が動いたような気がしてならない。


「小野寺様。私にも手伝わせてください」

「私も手を出させてもらうぞ。全てお前に丸投げでは、陛下が無責任の誹りを受けるからな」

「魚住さんと荒砥さんが味方、か……心強いなんてもんじゃないね」


僕たちは視線を中空で交わす。

傍から、少しいじけたような声がかかる。


「あら、私も貴方の味方のつもりなのだけど」

「数え間違えたら承知しないわよ」

「ボクはいわずもがな、常に紡の心の友さ!」


お嬢様方から、ありがたいお言葉を戴く。幼馴染が若干胡散臭いけど、それでも激励に違いないと思い込む。いいじゃないか、心の友。

そして、僕たちは戦いに向けて行動を練った。


「じゃあ、こうしよう。風間さんは、神宮寺に対して…………」


収容人数を超えた個室の空気はむわっと暑い。

いつの間にか、グラスの氷は完全に溶けていた。

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